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アーカイブ: 2009/02
第1回 皆の者、ケツを割って話そうぜ(いや、元から割れてる!)
- 2009.02.07 Saturday
- 俺と貴様の男尻まつり
(担当:斉藤けなげ)
♪ピピーッ
ソーリャ ソーリャ ソーリャ ソーリャ
ソーリャ ソーリャ ソーリャ ソーリャ
(岸和田だんじりまつりより)
<けなげの男尻回顧録>

雑誌「anan」で男性芸能人の特集が組まれるたび、私の心はひどくざわついた。
伸びやかに、そしてときに悩ましげな表情でカメラに視線を送る彼らは
みな共通して尻丸出しだった。
制作サイドからすれば
「局部を見せるわけにはいかん! …うむむ、ならば尻でも見せておくか」
という心持ちだったに違いない。
しかし、私の心は完全に浮き足立っていた。
フルヌードを見たときと同じくらいの気恥ずかしさと衝撃がそこにはあった。
何だかよくわからないが、強大なパワーをもらい、みるみる若返るような心持ちだ。
……おお、神よありがとう。何だかあと1カ月くらい、がんばれそうな気がするよ。
男尻(だんじり)からパワーをもらい、私は今も生きながらえている。
男尻が私を生かしているといっても過言ではない。
「男尻によって生かされているわたし」。
男尻の神様に深く感謝した。
以来私は男尻好きを公言してはばからない。
そんな私に周囲の反応は冷たく、ときに好奇の目にさらされ、
虐げられることもしばしばあった。
しかし私はあきらめなかった。
男の尻にリビドーを感じる“男尻メイト”を求めて、さまよい歩いた。
長かった。とても辛かった。
そうして私は、轟子に出会った。

私と轟子はいわば尻っぺたの右側と左側。
どちらも肛門を守るには欠かせない存在だ。どちらが欠けてもいけない。
私たちの尻へのまなざしは、真剣そのものである。
尻の造形から、色ツヤを愛で、ときには尻を裏返して眺めたりと、
一歩踏み込んだところまで芸術作品における男尻のあり方を、
考え得るあらゆる角度から多角的に考察している。
この企画は、そんなふたりのあくなき探究心の賜物だ。
とはいえ得体の知れない女性に、しかもふたりがかりで
尻の谷間をみだりに広げられたのでは落ち着かないと、不安に思う方も多いだろう。
そこでまずは自己紹介も兼ねて、私たちが「男尻」に魅かれる理由からお話ししていくとしよう。
<ラスト・ダンジョン ~今そこにある尻を見つめて~>
轟子 まず率直に思うのは「尻ってすごいじゃん」ってことね。だって、超“谷間”。この谷間はいいの?
けなげ 突起物がないからぎりぎりセーフとか?
尻に乳首的なものがあったら絶対ダメだっただろうね。
そう言えば、AVでもモザイクかかってないよね、尻って。
モザイクがかからないことに陰謀を感じる。みんな本当はマズイって分かってるけど、「今だけ尻はいいってことにしよう!」みたいな。
最後の砦的なことかしら?
そう思うと余計に、いずれダメになるであろう尻を、今のうちに目に焼きつけておかなくちゃね。
私、男尻の中でも尻の側面のヘコミ? が特に好きなんだけれど。
「尻えくぼ」のことね。別名「えぐれホッペ」とも呼ばれる場所。私も好きよ。
でも、最近の男性にはいわゆる「デスクワーク尻」が増えていて、みんなプリンとして女性のようにきれいな尻が多いらしいの。
それは嘆かわしい現実ね。あの尻を絶やすまい、と強く思うわ。
「尻えくぼ」はどうやるとできるものなのかしら?
多分筋肉。それこそ“筋肉の谷間”じゃないかと。ちなみに私もあるのよ。
私にはない! ないから余計に憧れの想いが募るね。ああいう尻にはぜひ、ふんどししめてほしいって。
“男の尻”っていうと、当人たちは汚いものの代名詞のように言うじゃない? でもさ「まあまあ君たち、そう言うなかれよ」って諭したくなるね。
なぜ汚いと思われているのかっていうとその理由は「毛」が大きいよね。でもさ、実際は毛もいい。「俺の尻みたいなもんは、どうせ汚いですから」っていう、そのメンタリティがまず愛しい。
毛もいいし、尻えくぼのある筋肉質な尻もいいけど、やせた人の貧相な尻にも注目したいわ。何か、退廃的なよさを感じる。男性のその貧相な尻には、自分がやせたところで絶対になれないっていう、手の届かない感じがあるからなのかしら。
ギリシャ彫刻のようなプリッとした女尻も、それはそれでセクシーよね。
男女ではまず骨格のつくりも違うから、どんな尻を見ても何だかドキドキしちゃう。心が警笛を鳴らすのよね?……ファンファンって。
あ、今のは警笛の音ね? まあ、つまり私たちにとって男尻とは、どんな形でも愛おしいってことかしら?
ええ、何でもおいしく頂いちゃってよ!
どんな尻でもバッチコイ。
尻のストライクゾーンが限りなく広いこのふたりがお送りする。
取って食ったりしないから、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。
「俺と貴様の男尻まつり」、スタートですよ~!
プ~。
♪ピピーッ
ソーリャ ソーリャ ソーリャ ソーリャ
ソーリャ ソーリャ ソーリャ ソーリャ
(岸和田だんじりまつりより)
<けなげの男尻回顧録>
雑誌「anan」で男性芸能人の特集が組まれるたび、私の心はひどくざわついた。
伸びやかに、そしてときに悩ましげな表情でカメラに視線を送る彼らは
みな共通して尻丸出しだった。
制作サイドからすれば
「局部を見せるわけにはいかん! …うむむ、ならば尻でも見せておくか」
という心持ちだったに違いない。
しかし、私の心は完全に浮き足立っていた。
フルヌードを見たときと同じくらいの気恥ずかしさと衝撃がそこにはあった。
何だかよくわからないが、強大なパワーをもらい、みるみる若返るような心持ちだ。
……おお、神よありがとう。何だかあと1カ月くらい、がんばれそうな気がするよ。
男尻(だんじり)からパワーをもらい、私は今も生きながらえている。
男尻が私を生かしているといっても過言ではない。
「男尻によって生かされているわたし」。
男尻の神様に深く感謝した。
以来私は男尻好きを公言してはばからない。
そんな私に周囲の反応は冷たく、ときに好奇の目にさらされ、
虐げられることもしばしばあった。
しかし私はあきらめなかった。
男の尻にリビドーを感じる“男尻メイト”を求めて、さまよい歩いた。
長かった。とても辛かった。
そうして私は、轟子に出会った。
私と轟子はいわば尻っぺたの右側と左側。
どちらも肛門を守るには欠かせない存在だ。どちらが欠けてもいけない。
私たちの尻へのまなざしは、真剣そのものである。
尻の造形から、色ツヤを愛で、ときには尻を裏返して眺めたりと、
一歩踏み込んだところまで芸術作品における男尻のあり方を、
考え得るあらゆる角度から多角的に考察している。
この企画は、そんなふたりのあくなき探究心の賜物だ。
とはいえ得体の知れない女性に、しかもふたりがかりで
尻の谷間をみだりに広げられたのでは落ち着かないと、不安に思う方も多いだろう。
そこでまずは自己紹介も兼ねて、私たちが「男尻」に魅かれる理由からお話ししていくとしよう。
<ラスト・ダンジョン ~今そこにある尻を見つめて~>
どんな尻でもバッチコイ。
尻のストライクゾーンが限りなく広いこのふたりがお送りする。
取って食ったりしないから、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。
「俺と貴様の男尻まつり」、スタートですよ~!
プ~。
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第2回 レッツ!男尻鑑賞~西洋絵画・彫刻編~
- 2009.02.14 Saturday
- 俺と貴様の男尻まつり
(担当:嘉川轟子)
男尻――それは女胸の谷間よりも深い、神秘の谷。
ダンジリストけなげ&轟子による男尻祭りもいよいよ本編。
さっそく、この深遠なる谷間へと分け入る冒険の旅へまいりましょう。
その1.油断尻
作品No.001 『円盤投げ』/ミュロン

この人、全体に筋骨隆々だけど、尻はなんていうか妙にゆるんでいるというか……
「油断してる」よね。あまり作り手の愛を感じられない尻。
胸や腹の筋肉の描写は精緻なのに、尻への関心は薄い気がする。
こんな捻った体勢してたら尻ももっとこう、キュっといくだろうに。適当に「手で盛った」という感じがするね。

でも「全裸でスポーツ」というのはすごくステキ。
古代ローマでは本当に全裸でオリンピックしてたらしいわよ。
えええぇっ!ソフト●ンデマンドの企画モノみたい!!
全員ブラッブラよ。円盤投げなんてしたらあなた、ブンッ!ってなるわよ。
飛んで行っちゃう!すごいハプニングが見られそう……
まさに「珍プレー」盛りだくさんよね~。まぁ入場行進からすでに珍プレーだけど。
そっか、じゃあ尻なんてみんな見慣れてるのね。
その見られてナンボな緊張感の無さがこの「油断尻」に現れているというわけね。
その2.イノセント尻
作品No.002 『アダムとイブ』/ハンス・ロッテンハンマー

あぁ、これは「えぐれるタイプ」の尻だわ。
そうね。しかも尻エクボのみならず「腰エクボ」もあるわよ。貴重なサンプルだよね。
キューピッドのよう……
そこはほら、まだ禁断の実を食べる前だから。
淫欲を知らない、汚れなき尻なのね。天使のようにイノセントな尻。
腰エクボもだけど、V字の筋肉とか太腿もいいわねぇ。
座ってるから尻ホッペがキュッと持ち上がって……なんか尻の上にも尻があるみたいに見えるわね?
ほんとだ。あれ?ここの部分も尻みたいに見えるよ。いろんなところに尻がある。
キュビズムね。尻だけキュビズムよ。

アダム、このリンゴを食べなきゃ良かったのになぁ。食べちゃって人類が淫欲に溺れるその直前の、「イノセント尻」最後の記録だね、この絵は。
でもさ……淫欲な尻もそれはそれでいいわよね……
……いいわよね……(ゴクリ)
その3.不味い尻
作品No.003 『最後の審判』(オルビエト大聖堂のフレスコ画)/ルカ・シニョレリ

これぞまさに男尻祭りね。
一個一個の尻がどうとかいうレベルではないけど……なんかすごい色の尻がいるわね? そうとう激しく打ち叩かれた後のような色の尻だわ。

不味そうな尻ね……。これだけ人数がいると、中には「わざわざ後ろ向いて、あえて尻見せてる」みたいな人もいるわね。
尻見せポーズね。オシリーナこと秋山莉奈さんがよく取ってるポーズ。

オシリーナがいっぱいね!キャワイイね!
それどころじゃなさそうな様子だけど。果てしなく修羅場っぽいわよ。
でもさぁ、尻って本来かなり滑稽なものじゃない? 宴会で男の人が尻を出すという余興もあるじゃないの。
たしかに。場が和んじゃうわよね、尻があると。「あ、お尻だぁ (´ ▽`)」って。
でもこの絵は和んでる場合じゃない状況の絵なんだわね。
修羅場なのに尻出しまくりというアンビバレンツ。
そうか、だからあの尻はこんなにまずそうな色なのよ!せっかく修羅場の絵なのに、プリッとかわいい尻だと和んじゃうもんね、観てる人が。
まぁしっかし本当に不味そうな色ね~……。
その4.便宜上の尻
作品No.004 『剣闘士の学校:戦闘』/ジョルジョ・デ・キリコ

「修羅場における尻群像」という点で前の絵に近い作品。
修羅場なんだけど尻は出ちゃってるっていうことの滑稽さも味わい深いよね、逆に。
ほんとね。古代の人は尻まるだしの分、どんな場面でも本気でシリアスにはなれなかったんじゃないかなぁ。
シリアスは尻とassで出来ているのにね。
誰がうまいこと言えと……しかし改めて観ると「どう考えてもわざと尻見せてるよね?」ってポーズの人がたくさんいるわね。
やっぱり前向いちゃうと、珍プレーが見えてしまうからじゃないの? キン隠しのための尻というか。

なんでキンはダメで尻はOKなんだ?
やっぱ尻は谷間であって「そのもの」ではないからでは?
表面上は「決定的なもの」が見当たらないもんね。
たしかに「ここはダメ」という決定打がないのは尻の強みね。描くのも見るのも「まぁいっか」という気にさせられる。
キン隠しのために描かれた「便宜上の尻」という問題については掘り下げる余地がありそうね。「便宜上の尻」制度のせいで、不自然なポーズをとらされたモデルたちは美術史上に数多いはず。
尻には文句を付けづらい。なし崩し的にドサクサでOKにさせる「なぁなぁ力」が尻にはあるわね。
このような「尻的感覚」は現代人にも大切よ。その持ち前の和みオーラで「え~局部じゃないですよぉ」とか言いながら、なぁなぁでゴールまで持ち込むっていう。
あれよあれよと煙に巻かれている内に最後まで行ってしまうという、その「尻的しなやかさ」が今求められている強さなのでは……ってあれ? なんの話をしてるんだったかしら私たち……
男尻の薫風に惑わされ、何かとても重要なことに気付いたような、それとも逆に思いきり道に迷ったような、けなげ&轟子のふたり。
次回の第3回は、美術史上に類まれなる孤高のダンジリズム画家、フランシス・ベーコンの男尻世界をふたりが彷徨います。
お楽しみに!(尻ごみせずに来週もジョインass!)
男尻――それは女胸の谷間よりも深い、神秘の谷。
ダンジリストけなげ&轟子による男尻祭りもいよいよ本編。
さっそく、この深遠なる谷間へと分け入る冒険の旅へまいりましょう。
その1.油断尻
作品No.001 『円盤投げ』/ミュロン


その2.イノセント尻
作品No.002 『アダムとイブ』/ハンス・ロッテンハンマー


その3.不味い尻
作品No.003 『最後の審判』(オルビエト大聖堂のフレスコ画)/ルカ・シニョレリ



その4.便宜上の尻
作品No.004 『剣闘士の学校:戦闘』/ジョルジョ・デ・キリコ


男尻の薫風に惑わされ、何かとても重要なことに気付いたような、それとも逆に思いきり道に迷ったような、けなげ&轟子のふたり。
次回の第3回は、美術史上に類まれなる孤高のダンジリズム画家、フランシス・ベーコンの男尻世界をふたりが彷徨います。
お楽しみに!(尻ごみせずに来週もジョインass!)
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第3回 ドゥ・ザ☆男尻鑑賞~ベーコンの軌跡編~
- 2009.02.21 Saturday
- 俺と貴様の男尻まつり
(担当:嘉川轟子)
その1.ベーコンの男尻史を概観する
作品No.005『人体の習作(1949年)』(*1)

作品No.006『電灯を点ける男(1973-1974年)』(*2)

作品No.007『人体の習作(1987年)』(*3)

こうして並べてみると、ベーコンの男尻史の変遷を感じることができるわね。
49年の最初の尻(*1)はシャシャッとしたラフなタッチだけどプリリと美しい、最も「一般受け」する尻だわ。
うむ。そして四半世紀を得て73年の『電灯を点ける男』(*2)、ベーコンの男尻世界がどのように変化したかというと……

3つに割れたのね。3つに割れたのです。
大事なことなので2回言ったわね。
そしてさらに時が流れ87年(*3)。
この人、顔立ちがちょっと兄貴系ね。さぶ系。
ややクドい顔立ちと、あっさりとした尻のコントラストが映えてるね。

「尻ミニマリズム」とも言えるさっぱりした尻だわ。ほぼのっぺらぼうだね。
ベーコンが亡くなったのは92年だから、死の5年前。この尻は悟りの境地よ。
最終解脱した尻というわけか……深い。割れ目は浅いが、奥は深い。
その2.美術における男尻軽視の傾向を憂う
しかしこれほどまでに男尻賛美を描いた画家はなかなかいないね。
星の数ほどある美術品の中から男尻を探そうとしても、なかなか見つからないものね。
前回の話に出たように、キン隠しとしての「便宜上の尻」が散見できるばかり。
みんな尻を見過ごそうとするのよね。尻は見なかったことにしがち。
「便宜上の尻」には、尻に対する執拗な視線を感じないよね。
今そこにある尻を直視していただきたい。
でもベーコンは尻を見つめすぎてちょっと違う宇宙へ行っちゃった感じもあるよね。
男尻ism(ダンジリズム)のさらなる深みへ向かったのよ。

ベーコンだったら前回の『円盤投げ』の人みたいな「適当に手で盛ったという感じの尻」は絶対描かないね。下手したら3つに割りますよ、あの捻った体勢だったら。そういう男ですよ。
限りない愛を感じるわよねぇ。男尻への暗い愛。
Cry 愛!
発音良く言うとなんか胸に迫って泣けてくるわね……(泣)
その3.けなげと轟子は大変なことに気が付く
(ふと泣き止む)ねぇ……ひとつ気が付いたことがあるんだけど言ってもいい……?
(ハンカチで目尻を拭いつつ)なぁに?
いや確実ってわけじゃないんだけど……もしかしたら、もしかしたらよ?
(言葉尻に食い込み気味で)保険かけてないで早く言いなさいよ!
この『電灯を点ける男』(*2)の尻はさ、3つに割れてるんじゃなくて、ものすごい速さで横に振ってるんじゃない?
…………
マンガ的な表現技法でさ、こうレレレのおじさんの足みたいな……
…………ありうる!!!!
ブレて見えてるの。
おそろしい速さで振ってる可能性がある……!!!!

この体勢で尻をすばやく振っているなんて……すごい臨場感だわ。
そう言われてみると、何かほとばしってるものが見えてきたよ。ほらここ。

ねぇ、ひょっとしてこの電灯、イイと光るんじゃないの?グッと手に力が入って。

そうか。そうなのかぁ……ははぁ~絵画って、一生懸命に観てると色んな新事実が判明するものなのねぇ。
美術鑑賞ってこういうことを言うのねぇ。いや勉強になったわ。
話の下品さが加速する一方で、意外なケツ論に神妙な気持ちを覚えるけなげと轟子。
テンション尻上がりの次週・第4回はついに禁じ手「春画」の世界に手を出すよ!
フランシス・ベーコン(1909 -1992年)
アイルランド出身の画家。「何気ない日常生活を送っていたらふと暗黒世界のフリークスと目が合っちゃった」みたいな悪夢的な画風の絵画で観ている人を不安にさせる、異能の天才。ゲイ。倫理の授業で習う哲学者フランシス・ベーコン(同姓同名)の末裔。ちなみにこの先祖ベーコンは吹雪の日に天啓を受け、屋外で生の鶏肉に雪を詰め込んでいたところ凍死した。
その1.ベーコンの男尻史を概観する
作品No.005『人体の習作(1949年)』(*1)

作品No.006『電灯を点ける男(1973-1974年)』(*2)

作品No.007『人体の習作(1987年)』(*3)



その2.美術における男尻軽視の傾向を憂う

その3.けなげと轟子は大変なことに気が付く



話の下品さが加速する一方で、意外なケツ論に神妙な気持ちを覚えるけなげと轟子。
テンション尻上がりの次週・第4回はついに禁じ手「春画」の世界に手を出すよ!
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