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タクシードライバー

第1回「タクシーの数だけ人生はある」(全4回)


タクシードライバーとは
ごくありふれた市井の“働くおっさん”代表である
タクシー運転手に気さくに話しかけ、そのフツーの人生の中に
ささやかなきらめきを探す、何の変哲もないインタビュー企画。


第1回「タクシーの数だけ人生はある」(全4回)
(担当:福田フクスケ)

仕事柄、終電を逃してタクシーに乗って帰ることが多い。
そして、仕事柄とはまったく関係なく、朝、遅刻しそうになって
タクシーに乗って行くことも非常に多い。

その結果、はっきり言ってタクシー代が家計を圧迫している

人並みに給料はもらっているはずなのに、
預金残高がびっくりするほど心細いことになっているのだ。
そんなに激しい出費の原因を指折り数えてみるが、
どう考えてもタクシー以外に思いつかない

家から会社まで1回乗ると約1700円。
平均して週に3日、時には行きも帰りも乗ったりするので……、
だめだ、月のタクシー代が怖くて計算できない
ていうか、したくない。
現実から目をそらしたい
そらし続けたい。

そこで、ドブに捨てている1700円を
少しでもドブからすくい上げるため、
私が実践している画期的な取り組みがある。
それは、タクシーに乗るたびに運転手に率先して話しかけ
業界事情や苦労話、珍しいエピソードなどを聞き出すというものだ。


……いや、ごめん、ちょっと待って!
呆れて読むのやめないで!
お願いだからブラウザの「戻る」ボタンを押さないで!

東京にはたくさんのタクシーが走っており、
それと同じ数だけたくさんの運転手がいるわけだが、
仕事柄、ありとあらゆる人種を乗せる彼らの毎日は、
なかなかに数奇で波乱万丈なのである。

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たとえば、先日乗ったタクシーの運転手との会話は、こんな感じであった。

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2009年4月28日 Tさんの場合

俺「……そちらは、運転手されて長いんですか?」

T「もう20年になりますかねー」

俺「長いっすねえ!」

T「いやあ、うちの会社には30年くらいの人もゴロゴロいますよ」

俺「前職は何をされてたんですか?」

T「私は国家公務員。その前は社長業もやりましたよ。
でも、あれはだめだね。自分で経営してると、金が入ると使っちゃうんだよね(笑)。
今ぐらいまじめにやってればなあ……気付くのが遅かった

俺「いろいろ経てきてるんですねえ」

T「学生時代は、4年間ホストクラブで働いてたしね」

俺「ほんとですか!(笑) じゃあ、若い頃はさぞかしモテたでしょう?」

T「いえいえ、紹介されてやっただけで。それからヒモ生活に入ったんですけど(笑)」

もう齢60くらいのおじさんなのだが、ロマンスグレーといった感じで、
確かに、若い頃はかっこよかったんだろうなあと思わせる顔立ちだ。

俺「タクシーに乗ってて、変わったお客さん乗せることもあるでしょう?」

T「ありますよ、そりゃあ。10年くらい前かなあ。
お盆の頃に、羽田で拾ったオカマのお客さんに、すっかり気に入られちゃってね。
浅草の老舗のそば屋の息子さんらしくて、まだ若いんだけど、
“あなたと乗ってると楽しいわ、一緒にお茶飲みましょう”なんて言われて……」

俺「へえー(笑)」

T「最初は吉祥寺って言ってたのに、今度は品川埠頭に行きましょうとか、あっちこっち連れまわされて。
結局、朝の10時から夕方6時までかかったかなあ」

俺「8時間も!? それでいくらかかったんですか」

T「7万2000円くらいだったかな。
“そろそろ勘弁してくださいよ”って言うんだけど、“お金はあるから”って言うんですよ。
そのうち、“手握ってもいいですか?”って言うから、“1回1000円だよ”って返したら、
“はい、じゃあここに1000円置くから”って触ってくるんですよ」

俺「あはは、おさわりはオプションで別料金なんですね」

今から10年くらい前というから、それでも50歳ぐらいにはなっていたはずだ。
老け専というか、枯れ専というか、やはり昔とったホストの杵柄は、
老いてもなおゲイをハフハフ興奮させるだけのフェロモンを醸しだすものなのだろうか。

T「“下も触らせてくれ”って言うから、“こっちは1万円だ”って言ったら,
ちゃんと1万円置くんだよね」

俺「ぎゃははは! …え、それで下は触らせたんですか?」

T「いや、まあ、1回くらいしょうがないよね……」

俺「いやいやいやいや!(笑)」

T「“開けて見てもいいですか”って言うから、
さすがにそれは“ごめんなさい、そういう趣味はないんで”って断りましたよ」

このおじさん、その気がない割には許しすぎじゃないだろうか。
最後はホテルにも誘われたというが、もちろん丁重にお断りして浅草まで送り届けたという。

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このように、タクシー運転手の人生のバックボーンは
意外なほどバラエティに富んでおり、味わい深い。

マーティン・スコセッシ監督の名画『タクシードライバー』では、
ロバート・デ・ニーロ演じるトラヴィスが、
都会の孤独と空虚さを狂気とともに見事に表現したが、
現代の東京を走る彼らは、誰もがみな小さなデ・ニーロだと言えよう。

普通、インタビューというのは有名人に対してするものだが、
ごくありふれた市井の働くおっさんたちの人生にだって、
ささやかなドラマとビターな味わいがあるに違いない。

そう考えた私が、預金残高を切り崩してまで
自腹でタクシーに乗り続けたフィールドワークの一端を、
これから4回に分けてお届けしようと思う。

これを読めばあなたも、もっとタクシーに乗りたくなるはず!(たぶん)

以下、次回へ続く!
※次回の更新は12日(日)です
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第2回「運転席はシルバーシート」(全4回)


タクシードライバーとは
ごくありふれた市井の“働くおっさん”代表である
タクシー運転手に気さくに話しかけ、そのフツーの人生の中に
ささやかなきらめきを探す、何の変哲もないインタビュー企画。


第2回「運転席はシルバーシート」(全4回)
(担当:福田フクスケ)

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精悍なデ・ニーロのイメージとは裏腹に、
実際のところ、タクシードライバーには
かなりの高齢者が多い。
勤続年数20~30年のベテランドライバーもザラだが、
意外に多いのが50~60歳を過ぎてから運転手を始めた、という人だ。

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2009年5月13日 Hさんの場合

俺「タクシーの運転手も、最近はなり手がいなくて人手不足って聞きましたけど…」

H「入ってきても、売り上げが伸びないから若い人はみんな辞めてっちゃうんだよね。
職がないって言ってる割には、みんなタクシーには乗りたがらない。
運輸省も、昔は60歳定年制を敷いて、58歳以上は採用しないって決めたんだけど、
1年もしないうちに人手不足になって、70歳でも採用しだしたからね」

俺「けっこうお年を召した方、多いですよね」

H「法人タクシーでも、私より20歳くらい上の人がやってるもんね。
九段の公衆トイレに行くと、しょんべんするのに立ってられなくて、
前に手ついてしてる
んだもん(笑)」

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高齢化していく理由はふたつある。
「若い人が入ってこないから」と、「若い人が辞めていくから」。
拘束時間が長い割に売り上げが伸びないタクシードライバーは、
若い人が家族を養っていくにはキツイのだという。
それでも、不景気になると職にあぶれた他業種の人たちが転職してくるが、
結局、長くは続かず辞めていってしまうそうだ。

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俺「いろんな業種から転職されてきてる人も多いですよね?」

H「不景気になると、建築関係と飲食関係の人間が
タクシー業界に流れてくるんだよ。
会社で宴会やると、元コック、板前、みんなそろってるからね。
盛り付けなんかもきれいなもんだよ」

俺「それは便利ですね(笑)」

H「でも、バブル崩壊の後と、今回の不景気では、クワ持った人が多かったね」

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その結果、タクシードライバーは、定年を過ぎて年金をもらいながら
お小遣いを稼ぐ、「余生」の受け皿になりつつあるのが現状なのだ。

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俺「タクシーに乗られて長いんですか?」

H「私ですか?35年。不景気は5回経験してるよ。
そのうち3回はオイルショック
あのときは、車の燃料のLPガスがなくてね。
1日30Lしかくれないんだけど、それをもらうために4、5時間並ぶんだ。
でも、本当はLPガスを積んだ船ってのは沖のほうに停泊しててね、
値が上がるのをずっと待ってるんだよ」

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それにしてもHさんは、さっきから不景気の話ばかり嬉々としてしゃべる。
本当は好きなんじゃないのか、不景気。
というくらいのしゃべりっぷりだ。

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H「不景気になるとね、必ずタクシー事故が増えるんだよ。
バカがふっ飛んでくるから。意味わかる?」

俺「え、どういうことですか?」

H「職にあぶれてタクシーの運転手になった人が、
売り上げが伸びないから焦りだすんだよ。
ほら、自分の車じゃないでしょ?
だから、危険なくらいフカしてくるのよ」

俺「ああ…」

H「客を乗せるために、反対車線から
信号無視でUターンしてくる
なんてザラ。
そりゃ、事故が増えるよね。
ベテランの個人タクシーなんかは、
不景気がくると“またはじまったよ”って笑ってるよ」

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それでも、羽振りがいい時期はなかったのか、と聞くと、
Hさんは「あえて言うなら」みたいな、
絞り出すような口調でこう答えてくれた。

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H「国際線が羽田空港にあったころは、まだ儲かったかな。
すごい奴がいてさ、それまでは通訳してて、5ヶ国語が話せるっていうんだ。
なんで運転手になったのかって聞くと、自由が欲しいっていうんだよ。
まあ、タクシーは朝から翌朝までを月に12日乗れば、あとの18日は休みだからね。
まとまって稼いだら、休みとって世界旅行に行っちゃうんだって。
優雅なもんだよね」

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…うーん、やっぱりタクシードライバーの世界は、奥が深い。

以下、次回へ続く!
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第3回「出会いがしらの一期一会」(全4回)


タクシードライバーとは
ごくありふれた市井の“働くおっさん”代表である
タクシー運転手に気さくに話しかけ、そのフツーの人生の中に
ささやかなきらめきを探す、何の変哲もないインタビュー企画。


第3回「出会いがしらの一期一会」(全4回)
(担当:福田フクスケ)

タクシー運転手は固定給ではないので、
個人の売り上げによって儲けが決まる。
だから、滅多にいない長距離客を待つよりは、
一日にできるだけたくさんの客を乗せるに越したことはない。

しかし、そのぶん見ず知らずの他人と、
狭い車内で2人きりにならざるを得ないのは、
危機管理という面でなかなかにリスキーだ。
現に、都内ではタクシー強盗がしばしば発生しているし、
それがそのまま殺人事件に発展してしまったケースもある。

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実際、タクシードライバーのみなさんは、
危険な目に遭ったことはないのだろうか?
私がこれまでに出会った運転手たちの回答をまとめてみた。

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2009年5月1日 Aさんの場合
A「危ない目にあったことは何度かありますね。
暴力振るうのは、酔っ払って威張った奴がほとんどです。
逃げられたりもけっこうあるよ。
逃げたのを追っかけたところをやられちゃった人もいるしね。
そういうのは、運が悪いと思ってあきらめるしかない。
ただ、昔はタクシー強盗なんて少なかったんだけどねえ…」

2009年5月15日 Sさんの場合
俺「夜中とか、危険な目に遭ったことないですか?」

S「そういう風に思ってたら、お客さんにはお乗りいただけませんよ。
最終的には信頼関係ですからね。こんな仕事できなくなっちゃう」

俺「そうか…さすがですね」

S「まあでも、こういうこと言っちゃ失礼かもしれませんが、外人の方はこわいですよ。
全員が全員じゃないのはわかってるけど、身構えますよ」

俺「何かあったんですか?」

S「初乗りが660円の時代でしたけど、飯田橋から乗ってきた方に
“市ヶ谷まで”って言われて、神楽坂下の信号で停車した途端に、
500円くらいポイと投げて、ドア開けて逃げていっちゃったんだ。
お金が足りなくなって、やばいって思ったんだろうね・笑」

2009年5月20日 Nさんの場合
俺「最近じゃ、タクシー強盗とかあって、怖くないですか?」

N「タクシーの運転手襲ったって、金なんか持ってないのにねえ(笑)。
うちの運転手でも、2ヶ月くらい前にいましたよ。
真っ昼間に、ネクタイで手足縛られてナイフ突きつけられたって。
幸い、私はそういう目に遭ったことないですけど、周りではやっぱり聞きますね」

2009年6月25日 Tさんの場合
俺「客を乗せて、怖い思いしたことありますか?」

T「怖かったのは、のど元にノミを突きつけられたことですね」

俺「ええー」

T「無線で呼ばれて行ってみたら、女の子が一人助手席に、
大工が2人後部座席に乗ってきたんですよ。
たぶん、酔っ払って、飲む店を移動したかったんでしょうね。
そしたら、女の子のほうが、“ねえ、運転手さん…”なんて言って、
ちょっとしなだれかかってきたんです。
そしたら、後ろの2人が怒っちゃって…」

俺「それだけで!? とんだとばっちりですね」

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う、うーん……。
こんなこと言っちゃいけないんだろうけど、
正直、あんまりパンチのあるエピソードは聞けなかった。

なんかもっと、「アラブ人に身ぐるみはがされて…」みたいなバイオレンシーな、
「振り返ると座席がびしょぬれで誰もいなかった…」みたいなイナガワジュンジーな、
そういうすべらない話を期待していたのに。
まあ、みなさんご無事でなによりです。

それよりも、誰もが口をそろえて
「厄介な客」として非難轟々だったのが、
実は酔っ払いなのだった。

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2009年5月20日 Nさんの場合
N「めんどくさいお客さん乗せるのはしょっちゅうだね。
特に、酔って爆睡してる人は困りますよ。
何回道を聞いてもまっすぐだ、まっすぐだって言われて、
着いたら“ここじゃない”って言われたり」

俺「うわ、めんどくさいですね」

N「乗せる前から、この人はやばいなってのは目つきとかでわかるようになりましたね。これは寝ちゃいそうだなとか、これは揚げ足とられてイチャモンつけられそうだなとか」

俺「やっぱり、あるんですかそういうクレームは」

N「今はみんな携帯持ってますから、何かあると
その場でうちの会社にクレーム電話かけるんですよ。
だから、こっちはこっちで「いや、そうじゃない」って
事情を説明するために電話かけて…。
面と向かってるのに、会社を通しながら
電話越しにケンカしたりしますよ(笑)」

2009年5月1日 Aさんの場合
A「私ももう、60歳なんでね、最近は繁華街も行かないようにしてるんですよ。
酔っ払いも乗せないの。売り上げは落ちるけど、そっちのほうが気が楽だから。
遠回りしただの、寝過ごしただの、トラブルが多いし。
向こうの指示があやふやでも、こっちのせいになっちゃうじゃない。
だったら、同じ料金なら普通の人乗せたほうが、ねぇ」

俺「やっぱりいるんですね、そういうめんどくさい人」

A「一度、荻窪で乗せた方がひどく泥酔してましてね、
“荻窪までやってくれ”って言うんですよ。
“お客さん、ここが荻窪ですよ”って言っても、全然わかってくれない。
仕方ないから、その辺をぐるっと回って元いた駅前に戻ってきたら、
“ありがとう”って納得して、普通にお金置いて帰っていきましたよ(笑)」

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お、いいぞいいぞ。
だんだんおもしろくなってきた。
Aさん、その調子で、タクシー乗客の
おもしろエピソード、聞かせてちょうだい。

俺「ほかに、ちょっとおもしろいというか、困ったお客さんは?」

A「オカマが隣に座ってきて、若い運転手だと
誘ってくる、なんてことはけっこうありますね。
ホテルの部屋番号を教えられて、“遊びにきて”なんて言われたり」

なんと、第1回に引き続き、またしてもオカマ誘惑体験談
もちろん、第1回の蕎麦屋の御曹司に連れまわされた人とは別人だ。
ひょっとしたら、タクシー業界では割とポピュラーなできごとなのだろうか。

ところが、このAさんの場合、モテるのはどうやらオカマにだけじゃないらしい。

A「女性でもいらっしゃいましたね。東京駅で乗せた方が、
熱海の芸者だっていうきれいな人なんですけど、
男と別れたって言ってたんで、自暴自棄に
なってたんでしょうね…ホテルに誘われたんです

俺「おお、あるんですねそんなことが」

A「結局、熱海まで行く途中の新横浜で下ろしましたけど。
だって、向こうは誰かもわからないのに、
こっちは会社も車も名前もわかってるからね、
何かしちゃって、そっちのほうが後で怖いでしょ(笑)」


ナイス、賢明な判断
据え膳を食わなかったのは男の恥かもしれないが、
タクシー運転手的には男の鑑だ。

このように、タクシー運転手は運転技術だけでなく、
多種多様な乗客の「めんどくささ」までをも
さばく処理能力が必要とされるのだ。

タクシーという小さな方舟に乗り合わせた運転手と客。
その出会いは、つかの間の一期一会だが、
だからこそ、後腐れなくやり過ごす独特な関係が、そこにはあるのだ。
それでは最後に、ちょっとシュールな体験談を。

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2009年5月15日 Sさんの場合
俺「今までに、おもしろいお客さん乗せたことあります?」

S「おもしろいというか、かわいそうだったのは、神楽坂から東久留米まで行った方でね。
どういう心境だったんでしょうね、乗ってから着くまでずーと、
『カラスなぜ鳴くの~』を歌ってるんですよ」

俺「ずっとですか(笑)」

S「まあ、何かあったんでしょうね(笑)。
後ろであの歌うたわれると、さびしいもんですよ。ずっとですからね。
退職されたのか、なんなのか知りませんけど、
切なくなりましたねぇ、あれは。
聞くに堪えなかったですね

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乗客との出会いは、ときに出会いがしらの事故みたいなもんなのである。

次回、いつの間にやら最終回!
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第4回「人生劇場タクシー座」(全4回)


タクシードライバーとは
ごくありふれた市井の“働くおっさん”代表である
タクシー運転手に気さくに話しかけ、そのフツーの人生の中に
ささやかなきらめきを探す、何の変哲もないインタビュー企画。


第4回「人生劇場タクシー座」(全4回)
(担当:福田フクスケ)

K「お客さん、歳はわかんないけど、安田講堂事件の頃って覚えてます?

そのKさんという運転手は、いきなり私にそう話しかけてくるのだった。

俺「いや、さすがにその頃は知らないですね。ていうかまだ…」

生まれてねえよ
当たり前だよ。
ていうか、俺のこといくつだと思ってるんだ、この人は。

K「でも話は知ってるでしょ? 火炎瓶ばかばか落として、戦争みたいだったからね」

俺「ああ、ねえ……。らしいですね」

K「全学連なんてのも、今は活動してるんだかしてないんだか…」

俺「団塊世代の、若い頃ですもんね」

K「…あれ、あ、そうか、あの辺って団塊の世代の連中か。
じゃあなんだ、そうすっと、あいつらもうぼつぼつ定年なのか」

俺「そうなりますね」

どうやら、安保闘争や赤軍事件を、まだ
つい最近のことのように思っていたらしい。
よもや、私のことすら世代的に「ギリギリかすめてる?」
ぐらいに思っていたのかもしれない。

そして、話はなぜかあの日本赤軍の最高指導者、
重信房子のことにシフトしていくのだった。

K「あの重信房子って人もさ、逮捕されたとき、
すっかりばあさんになっちゃって、見る影もなかったもんね。
あの頃は美人でね。こんないい女が、なんでこんなこと
やってるんだろう、もったいないなんて思ってたけど。
女ってのは、どんな美人でもああなるんだね」

俺「あはは…(愛想笑い)」

重信房子が逮捕されたのだって、だいぶ前のことだというのに、
突然、何をきっかけに思い出したのだろうか。
そして、「重信房子、昔は美人だった」を執拗におしてくる。

K「ねえ、あんな美人だったのに。
結婚して、家庭持ってれば、それなりに幸せな一生だっただろうにね。
あれは、一生棒に振っちゃったな」

俺「まあ、自分で選んだ道ですからね、仕方ないんじゃないですか?」

K「娘がまた美人なんだよね。向こうの男とのハーフなんだけど、
これがまたきれいなんだな。あれは、女優でも通用するよ」

だから、わかったから。
娘が美人なのもわかったから!

タクシーに乗るたびに運転手に話を聞き、
タクシー業界の裏話を聞くのを楽しみとする私も、
ときたま出会う、このような
「自主的に他愛もない話を勝手にしてくる系」の人には、
愛想笑い以外に反応する術がなく、正直、対処に困る。

なんというか、愛想笑いの行き場がないとでも言おうか。
お金にならない場所で振りまく愛想は、何の実も結ばないという意味で、
振りまかれっぱなしのまま空に溶けてゆく空砲のようなものだ。
報われない愛想は、つらい。

しかし、そんな「実のない他愛もない話」の中でも筆頭格であるはずの
「運転手自身の身の上話」こそ、タクシードライバーと交わす会話の中で
実はもっとも興味深いということを、みなさんはご存知だろうか。

「重信房子のしょうもない話」を続けていた
先ほどのKさんも、自分自身の話をふった途端、
その「人生劇場」に思わず身を乗り出したくなった。

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2008年4月26日 Kさんの場合
俺「タクシーに乗られて長いんですか?」

K「なんだかんだで27年になるね。
今はもう、年金もらいながら嘱託って感じで使ってもらってるの」

俺「じゃあ、最初は他の職業から転職されて?」

K「私はね、20歳の頃からバイクの免許とって、
まあスピード狂だったんでね(笑)、乗り物が好きだったんです」

俺「なるほどね」

K「そのうち、バイクじゃ飽き足らなくなって、
乗用車の免許とって、運送会社で小型2トン車に乗ってたんだけど、
そしたら今度は大型の免許が欲しくなって、定期便やってみようと思ってね。
まあ、それなりの夢があったんだよね。
東京・大阪・神戸を毎日行き来する生活を、8年くらい続けたのかな。
そのうちバスに乗りたくなってさ(笑)。
観光バスの運転手を10年。全国を回ったよ」

本当は飽きっぽいだけなんじゃないのか。
と思うほどクルマ関係の職を転々としているが、
この人のように、クルマ好きが高じて運送業者や長距離トラックの
運転手になり、歳をとって体力的にきつくなってきたので
タクシーにシフトしてきた人はかなりの数いる。

一度、女性の運転するタクシーに乗ったことがあって、
タクシー運転手になったワケを聞いたら、やっぱり
「若い頃から運転が好きだったから」というものだった。
と同時に、彼女が付け加えたのは、
「“運転が好き”と同時に、“人が好き”じゃないと、
タクシードライバーは務まりませんよね」という答え。
でも、「人間嫌いか」というほどにムスッとしてる人も、たまにいますけどね。

さて、華々しいまでの「カーキチ歴」を誇る
Kさんにも、いよいよ転機が訪れる。

K「でも、観光バスっていうのも、あれは体力要りますからね。
そろそろ人間らしい暮らしがしたくなって、
個人タクシーやろうと思ってタクシー会社に入ったのが運のツキ(笑)。
なかなか個人(タクシーの資格)がとれない。
あれはなかなか条件が厳しくてね」

俺「へえー、そうなんですか」

K「10年間無事故・無違反とか、こういう商売やってると難しいよね。
それで、とうとうなりそこなっちゃった。
20年越えたら、この会社が居心地よくなっちゃってね。
大きな顔してられるし、わがまま言えるし、偉そうな口利いてられるし。
この歳になって勉強するなんて嫌だな、と思ってね。
あと2、3年やったら足洗おうかと思ってますよ」

はからずもクルマに一生を捧げたKさんの半生を
聞いてしまったが、不思議と退屈感はなかった。
むしろ、「ごくろうさま」と声をかけたいくらいだ。

彼のように、足掛けのつもりでタクシードライバーになって、
結局、それを一生の仕事にしてしまう人もけっこう多い。
一度、初乗り料金80円の頃からタクシーに乗っている
運転手歴50年の大ベテランの人の車に乗ったことがあるが、
当時は車の免許自体がまだ珍しく、チップをもらえることもあったが、
ひどいときは乗客とその場で金額交渉、
ウソをついてわざと遠回りする運転手もザラにいたという。

そんなタクシー業界も、いまや深刻な不況に見舞われている。

M「最近の新人さんは、普通のサラリーマンから転職してくる人が多い。
昔は運送業とか、近い職種からが多かったけど、
今は場違いなんじゃないかって人が運転手になる。
世の中がそれだけ厳しくなってるんでしょうね」

S「若い方はできないでしょうね。労働の割には賃金が合わないですから。
子供が成人していて、手が離れていれば別だけど、
育ち盛りの子を持っている方は大変だと思いますよ。
ひどい人は、給料20万円行かないんじゃないですか?」

A「タクシー運転手は今、なり手がいないんだよ。
失業している人はなろうと思えばいくらでもなれるんだけど、
みんなもっと楽な仕事を探すんだよな。
やる気になれば、そこそこ食べられる仕事なのに。
入ってもすぐやめちゃうんだよね。
みんな田舎から来てるから、道もわからなくて地理試験は落ちるし、
受かっても1ヶ月もやるとみんな限界感じて辞めていっちゃう」

そして、乗客の数や質もまた、時代状況を移す鏡となる。

T「昔は夕立ちとか、急な雨が降るとどんどん客が乗ってきたのに、
今は逆に降り出すとみんないなくなっちゃう。どこかで雨宿りしているのかな」

I「お金なんてのは先が見えてはじめて使えるんだから、今はみんなしまいこんじゃうよね。
バブルの頃みたいに、へべれけになるお客さんは最近いなくなりましたね。
昔はもうとんでもないですよ。自分の家もわかんないような人がいっぱいいましたけど」

かくいう私も、自主的な残業でタクシー乗っても、経費なんて落ちやしないので、
最近は、できるだけタクシーには乗らないようにしようと心掛けている。
「タクシーからいったん距離を置こうと思う」
「タクシーとの関係を見つめ直したい」みたいな、
別れる寸前のカップルがせめてもの打開策としてとりがちな、例のアレだ。

こうなると、もはや運転席と後部座席のどっちに座ってるほうが
人生劇場の主人公なのか、よくわからなくなってくる。
ま、しかし、だからタクシーはおもしろいのかもしれない。
タクシーの狭い車内では、今後ますます、
あんたと私、どっちがつらいのしんどいの? みたいな、
がっぷりよつの演技合戦が繰り広げられるに違いない。

今夜もまた、およそ6万台もある走る劇場の中で、
東京の小さなデ・ニーロたちが主役を張っているのである。


『タクシードライバー』おしまい。
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