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第4回「人生劇場タクシー座」(全4回)


タクシードライバーとは
ごくありふれた市井の“働くおっさん”代表である
タクシー運転手に気さくに話しかけ、そのフツーの人生の中に
ささやかなきらめきを探す、何の変哲もないインタビュー企画。


第4回「人生劇場タクシー座」(全4回)
(担当:福田フクスケ)

K「お客さん、歳はわかんないけど、安田講堂事件の頃って覚えてます?

そのKさんという運転手は、いきなり私にそう話しかけてくるのだった。

俺「いや、さすがにその頃は知らないですね。ていうかまだ…」

生まれてねえよ
当たり前だよ。
ていうか、俺のこといくつだと思ってるんだ、この人は。

K「でも話は知ってるでしょ? 火炎瓶ばかばか落として、戦争みたいだったからね」

俺「ああ、ねえ……。らしいですね」

K「全学連なんてのも、今は活動してるんだかしてないんだか…」

俺「団塊世代の、若い頃ですもんね」

K「…あれ、あ、そうか、あの辺って団塊の世代の連中か。
じゃあなんだ、そうすっと、あいつらもうぼつぼつ定年なのか」

俺「そうなりますね」

どうやら、安保闘争や赤軍事件を、まだ
つい最近のことのように思っていたらしい。
よもや、私のことすら世代的に「ギリギリかすめてる?」
ぐらいに思っていたのかもしれない。

そして、話はなぜかあの日本赤軍の最高指導者、
重信房子のことにシフトしていくのだった。

K「あの重信房子って人もさ、逮捕されたとき、
すっかりばあさんになっちゃって、見る影もなかったもんね。
あの頃は美人でね。こんないい女が、なんでこんなこと
やってるんだろう、もったいないなんて思ってたけど。
女ってのは、どんな美人でもああなるんだね」

俺「あはは…(愛想笑い)」

重信房子が逮捕されたのだって、だいぶ前のことだというのに、
突然、何をきっかけに思い出したのだろうか。
そして、「重信房子、昔は美人だった」を執拗におしてくる。

K「ねえ、あんな美人だったのに。
結婚して、家庭持ってれば、それなりに幸せな一生だっただろうにね。
あれは、一生棒に振っちゃったな」

俺「まあ、自分で選んだ道ですからね、仕方ないんじゃないですか?」

K「娘がまた美人なんだよね。向こうの男とのハーフなんだけど、
これがまたきれいなんだな。あれは、女優でも通用するよ」

だから、わかったから。
娘が美人なのもわかったから!

タクシーに乗るたびに運転手に話を聞き、
タクシー業界の裏話を聞くのを楽しみとする私も、
ときたま出会う、このような
「自主的に他愛もない話を勝手にしてくる系」の人には、
愛想笑い以外に反応する術がなく、正直、対処に困る。

なんというか、愛想笑いの行き場がないとでも言おうか。
お金にならない場所で振りまく愛想は、何の実も結ばないという意味で、
振りまかれっぱなしのまま空に溶けてゆく空砲のようなものだ。
報われない愛想は、つらい。

しかし、そんな「実のない他愛もない話」の中でも筆頭格であるはずの
「運転手自身の身の上話」こそ、タクシードライバーと交わす会話の中で
実はもっとも興味深いということを、みなさんはご存知だろうか。

「重信房子のしょうもない話」を続けていた
先ほどのKさんも、自分自身の話をふった途端、
その「人生劇場」に思わず身を乗り出したくなった。

taxi_sub3

2008年4月26日 Kさんの場合
俺「タクシーに乗られて長いんですか?」

K「なんだかんだで27年になるね。
今はもう、年金もらいながら嘱託って感じで使ってもらってるの」

俺「じゃあ、最初は他の職業から転職されて?」

K「私はね、20歳の頃からバイクの免許とって、
まあスピード狂だったんでね(笑)、乗り物が好きだったんです」

俺「なるほどね」

K「そのうち、バイクじゃ飽き足らなくなって、
乗用車の免許とって、運送会社で小型2トン車に乗ってたんだけど、
そしたら今度は大型の免許が欲しくなって、定期便やってみようと思ってね。
まあ、それなりの夢があったんだよね。
東京・大阪・神戸を毎日行き来する生活を、8年くらい続けたのかな。
そのうちバスに乗りたくなってさ(笑)。
観光バスの運転手を10年。全国を回ったよ」

本当は飽きっぽいだけなんじゃないのか。
と思うほどクルマ関係の職を転々としているが、
この人のように、クルマ好きが高じて運送業者や長距離トラックの
運転手になり、歳をとって体力的にきつくなってきたので
タクシーにシフトしてきた人はかなりの数いる。

一度、女性の運転するタクシーに乗ったことがあって、
タクシー運転手になったワケを聞いたら、やっぱり
「若い頃から運転が好きだったから」というものだった。
と同時に、彼女が付け加えたのは、
「“運転が好き”と同時に、“人が好き”じゃないと、
タクシードライバーは務まりませんよね」という答え。
でも、「人間嫌いか」というほどにムスッとしてる人も、たまにいますけどね。

さて、華々しいまでの「カーキチ歴」を誇る
Kさんにも、いよいよ転機が訪れる。

K「でも、観光バスっていうのも、あれは体力要りますからね。
そろそろ人間らしい暮らしがしたくなって、
個人タクシーやろうと思ってタクシー会社に入ったのが運のツキ(笑)。
なかなか個人(タクシーの資格)がとれない。
あれはなかなか条件が厳しくてね」

俺「へえー、そうなんですか」

K「10年間無事故・無違反とか、こういう商売やってると難しいよね。
それで、とうとうなりそこなっちゃった。
20年越えたら、この会社が居心地よくなっちゃってね。
大きな顔してられるし、わがまま言えるし、偉そうな口利いてられるし。
この歳になって勉強するなんて嫌だな、と思ってね。
あと2、3年やったら足洗おうかと思ってますよ」

はからずもクルマに一生を捧げたKさんの半生を
聞いてしまったが、不思議と退屈感はなかった。
むしろ、「ごくろうさま」と声をかけたいくらいだ。

彼のように、足掛けのつもりでタクシードライバーになって、
結局、それを一生の仕事にしてしまう人もけっこう多い。
一度、初乗り料金80円の頃からタクシーに乗っている
運転手歴50年の大ベテランの人の車に乗ったことがあるが、
当時は車の免許自体がまだ珍しく、チップをもらえることもあったが、
ひどいときは乗客とその場で金額交渉、
ウソをついてわざと遠回りする運転手もザラにいたという。

そんなタクシー業界も、いまや深刻な不況に見舞われている。

M「最近の新人さんは、普通のサラリーマンから転職してくる人が多い。
昔は運送業とか、近い職種からが多かったけど、
今は場違いなんじゃないかって人が運転手になる。
世の中がそれだけ厳しくなってるんでしょうね」

S「若い方はできないでしょうね。労働の割には賃金が合わないですから。
子供が成人していて、手が離れていれば別だけど、
育ち盛りの子を持っている方は大変だと思いますよ。
ひどい人は、給料20万円行かないんじゃないですか?」

A「タクシー運転手は今、なり手がいないんだよ。
失業している人はなろうと思えばいくらでもなれるんだけど、
みんなもっと楽な仕事を探すんだよな。
やる気になれば、そこそこ食べられる仕事なのに。
入ってもすぐやめちゃうんだよね。
みんな田舎から来てるから、道もわからなくて地理試験は落ちるし、
受かっても1ヶ月もやるとみんな限界感じて辞めていっちゃう」

そして、乗客の数や質もまた、時代状況を移す鏡となる。

T「昔は夕立ちとか、急な雨が降るとどんどん客が乗ってきたのに、
今は逆に降り出すとみんないなくなっちゃう。どこかで雨宿りしているのかな」

I「お金なんてのは先が見えてはじめて使えるんだから、今はみんなしまいこんじゃうよね。
バブルの頃みたいに、へべれけになるお客さんは最近いなくなりましたね。
昔はもうとんでもないですよ。自分の家もわかんないような人がいっぱいいましたけど」

かくいう私も、自主的な残業でタクシー乗っても、経費なんて落ちやしないので、
最近は、できるだけタクシーには乗らないようにしようと心掛けている。
「タクシーからいったん距離を置こうと思う」
「タクシーとの関係を見つめ直したい」みたいな、
別れる寸前のカップルがせめてもの打開策としてとりがちな、例のアレだ。

こうなると、もはや運転席と後部座席のどっちに座ってるほうが
人生劇場の主人公なのか、よくわからなくなってくる。
ま、しかし、だからタクシーはおもしろいのかもしれない。
タクシーの狭い車内では、今後ますます、
あんたと私、どっちがつらいのしんどいの? みたいな、
がっぷりよつの演技合戦が繰り広げられるに違いない。

今夜もまた、およそ6万台もある走る劇場の中で、
東京の小さなデ・ニーロたちが主役を張っているのである。


『タクシードライバー』おしまい。

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