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デリカシーの機微が問われる現代社会のさまざまな局面に、ぼんやりと警鐘を鳴らす無神経なコラム。

アーカイブ: 2009/06/17

第19回 「一発校了チキンレース」

第19回 一発校了チキンレース

ここ数週間、私がこの連載を落とすほどにしんどい思いをして
泣きながら編集していたムックの制作が、ここにきてようやく、
おかげさまで無事に一発校了で終わりを迎えようとしている。

編集者にとって「一発校了」とは、
その語感からもうすうす想像がつくように、
ダルビッシュにとっての「一発着床」と同じくらい
ジ・エンドな
恐ろしい言葉であって、

意味を知らない非・出版業界の方にあえて説明するならば、
「初めて作った料理を一度も味見をしないで王様に出す」
「ブレーキが利くか確認しないままチキンレースに参加する」
「絶対にチェンジができない出張ヘルス」
みたいなことだと思ってほしい。
厳密にいうと全く違うが、少なくとも気分的には、そんな感じだ。

要するにものすごくアクロバティック。
しかし、そのアクロバティックさ加減は、
シルク・ドゥ・ソレイユというよりは
電撃ネットワークにきわめて近いものであって、
大事なのは技術よりも、口の中で爆竹を鳴らす勇気。
そう、その「勇気」こそが一発校了に必要なものだ。

そんな、帰りのガソリンを積まない神風特攻隊のような志で、
私が一体どんな高尚な学術書を作っていたのかといえば、
インターネットの炎上や祭りといった現象の事例を集め、
その悲惨さ可哀想さあられもなさを、人の不幸を覗き見したい
野次馬精神でもって楽しもうという身も蓋もない企画であって、
当然、デリカシーもへったくれもない下衆な本である
(もちろんこれは貶しているのでなく、「下衆に徹しているから素晴らしいのだ」というフェーズが賛辞として通用する世界観や価値観があるってことくらい、懸命な読者はわかってくれるだろうと思う。実際、すごくおもしろいし、これまで自分が編集を手がけた本の中でもお気に入りの一冊だ。買え!)。

とにかく、書店で「デリカシー」と「ノンデリカシー」のコーナーがあったら、
確実に「ノンデリカシー」のコーナーの書棚に置かれるような
(めんどくさいからツッコミ不要)この本の編集作業を通して、
私が心底みなさんに残したいと思ったメッセージはたったひとつ。

みんな、ハメ撮りだけはダメ!ゼッタイ!!

あれだけ苦労したのに死ぬほどうすっぺらいメッセージしか残せなかったが、
これはでも本当に、マジで守ってほしい。

誌面では、ファイル共有ソフトがウイルスに感染していたため、
彼女や浮気相手とのファックシーンを撮影した画像や動画が
丸ごと流出してしまったカップルを紹介しているのだが、

心あるネットユーザーのたゆまぬ努力の甲斐あって、
その男女の実名や住所、勤務地が探り当てられたり、
職場に電話をかけられたり、果ては実家に押しかけて
写真まで撮られたりしておるのですよ。

恨みつらみのまったくない、あまつさえ面識すらない
一般人の素人カップルに対して、
「なに? あんたらゾルゲ?」
というほどの諜報能力を結集して素性を晒してやろうという、
ネットユーザーのその由来不明の執着心に、
身の毛がよだつを通り越して、
“身そのもの”がよだつのである。

で、そのトロピカルなマンゴーを流出させちゃった
女っていうのがまた、そこそこかわいいんだ。

…ね。

いや、なにが「ね」なのかと思うだろうが、
結局そういうことなんですよ。

つまり、「俺らよりステータスが上でリアルが充実した人間が、
かわいい彼女とこんなことしてる……ざまあみやがれ
という露骨なルサンチマンを、なんの臆面もなく
暴発させていいってことになってるのが、
炎上や祭りに群がるネット連中の下衆なところだと思うわけ。

不謹慎な発言したとか、非道徳的なこと書いたとか、反社会的なことしたとか、
確かにブログでうかつに書くほうも書くほうだとは思うし、
日記を読まれたりメールを読まれたり手紙を読まれたりするにつけても、
人は言わなくていいことをわざわざ言葉にしてしまいがちな存在であって、
人の不幸とは、「文字にしてしまう不幸」のことである、とすら思っている私だ。
文字さえ書かなければ、人類に訪れる不幸のレパートリーはかなり少なかったはずだ。

だけどね、だけどさ。

とにもかくにも、なにがなんでも、
「なんかうまいことやってるヤツがいるから足を引っ張ってやれ」
というのが、ホリエモン以降、日本人の気分を動かしている
原動力になっているような気がして仕方がない私であって、
そのはしたなさ節度のなさデリカシーのなさは、ちょっと異常だよ。

人間にホンネとタテマエがあること自体はまったく悪いことではないが、
日本人はその落差がちょっとえげつなさすぎると思う。
タテマエの壁が高すぎるし、ホンネの底が深すぎる。
身元を明かして、面と向かって言えないようなことは書くべきでないと私は思うが、
逆に言えば、身元を明かして、面と向かってさえいれば、ほとんど何でも言っていいとも思っている。

陰でコソコソするのが一番よくない。

…って、なんか、さんざん書いておきながら
ものすごく凡庸な結論になってしまったけれど、
実はそれが一番難しいのではないかとも思うのだった。
でも、一度流出しちゃうと取り返しがつかないので、
ハメ撮りだけはホント、やめたほうがいいです。
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