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	<title>デリカシーには貸しがある</title>
	<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/" />
	<modified>2011-09-24T06:42:32+00:00</modified>
	<tagline><![CDATA[デリカシーの機微が問われる現代社会のさまざまな局面に、ぼんやりと警鐘を鳴らす無神経なコラム。]]></tagline>
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	<entry>
		<title>最終回「ダイオウグソクフクダムシ」</title>
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		<issued>2011-09-24T15:19:29+09:00</issued>
		<modified>2011-09-24T06:19:29Z</modified>
		<summary>福田の蜻蛉日記～すばらしきバグズライフ～最終回「ダイオウグソクフクダムシ」【某月某日】「丸まれないワラジムシが同じだけ生き延びてい...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>福田の蜻蛉日記</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong><font size=5>福田の蜻蛉日記～すばらしきバグズライフ～<br />
最終回「ダイオウグソクフクダムシ」</font></strong><br />
<br />
<font size=4><br />
【某月某日】<br />
<br />
「丸まれないワラジムシが同じだけ生き延びている以上、<br />
ダンゴムシの丸まれる能力の意味って、いったいなに？」<br />
でおなじみ、ご存じ“虫あるある”の福田です。<br />
<br />
虫けらのみなさん、お元気でしたか？<br />
駆除されませんでしたか？<br />
寿命きてませんか？<br />
<br />
「虫になってしまった人」という<br />
グレゴール・ザムザばりの不条理な設定で<br />
<strong>虫と人との懸け橋</strong>となり、<br />
取るに足らない日常を活写する<br />
平成の日記文学を目指したこの連載ですが、<br />
<br />
ご存じのとおり、<strong>わずか5回で更新が中断</strong>という<br />
情けない現状で今に至っております。<br />
虫だけに、<strong>連載も冬を越せなかった</strong>わけです（虫うまいやつ）。<br />
<br />
<br />
あと、途中で水嶋ヒロが『KAGEROU』って小説書いて<br />
賞を獲っちゃったおかげで、やる気をごっそり削がれた、<br />
というのもあるよね。<br />
<br />
だって、『KAGEROU』って言いながら<strong>全然虫の話じゃな</strong>いんだもんよ。<br />
ウスバカゲロウが短い余命をフルに活用して<br />
<strong>悪の魔王フマキラー</strong>を倒すワンダフル冒険ストーリーじゃないんだもんよ。<br />
<br />
そりゃあ心が折れますよ。<br />
<br />
<br />
…みたいな話が“虫時事ネタ”として許されたのも去年までだったわけで。<br />
<br />
ついでに言っておくと、フマキラーっていう社名は<br />
<strong>「フライ＝蝿」と「マ（モ）スキート＝蚊」の<br />
「キラー」</strong>って意味だって知ってた？<br />
これ、“虫トリビア”な。<br />
<br />
<br />
ま、本当の理由を正直に書くとだね、<br />
日常のあれこれをいちいち虫を使ってうまいこと言う、<br />
という企画そもそもの趣旨に割と<strong>抜本的な無理</strong>があったと、<br />
そういうことが5回続けた時点でわかっちゃったんですね。<br />
<br />
だったらわかっちゃった時点でやめろよと、<br />
普通の人ならそう思いますわな。<br />
<br />
それが俺という人間の、いや虫の不可解なところよ。<br />
<br />
普段から、「焼肉食べに行きたいなあ」と思って、<br />
<strong>思ったまま半年くらい経っちゃう</strong>ことが<br />
ザラにあるタイプの人間、いや虫なんです。<br />
<br />
「え、まだ焼肉食べに行ってなかったの？」とか、<br />
「え、そもそもまだ焼肉食べたかったの？」とか、<br />
よく驚かれますが、そういうロングスパンで生きてるんだから仕方ない。<br />
<br />
<strong><font size="5">虫だったらとっくに死んでますけどね！</font></strong>（虫パラドックス）<br />
<br />
だからね、連載中断から1年経って、私もようやく決意しました。<br />
<br />
<strong><font size="6">この連載、いったん打ち切ります。</font></strong><br />
<br />
この期に及んで「いったん」とか言ってるところに<br />
私という人間いや虫、人間、もうめんどくさいから虫人間でいいや、<br />
虫人間の往生際の悪さというか、意外と粘着質な性格が<br />
クヌギの樹液のように滲み出ている（虫たとえ）わけですが、<br />
<br />
なんらかの形で連載は再開します。<br />
ただ、それは虫日記ではないと。<br />
<br />
そういうことに気付いて、理解して、腑に落ちるのに<br />
<strong>かかった時間が1年だった</strong>と、そういう風に思ってほしいのです。<br />
<br />
完全にやめちゃうわけじゃない、<br />
言ってみれば<strong>セミリタイア</strong>です（虫ダジャレ）。<br />
<br />
……。<br />
<br />
ね、ダジャレが出ちゃったらもうやめるしかないよ。<br />
潮時だよ。<br />
虫の息だよ。<br />
<br />
<br />
「虫」ってね、考えたらひどい呼び名ですよ。<br />
ヒルとかムカデとかダンゴムシとかミミズとか、<br />
どう考えても「親戚」ですらない、<br />
本来まったく「他人」である種族違いの生き物すら、<br />
「虫」とひとくくりに呼ばれてしまう<strong>カテゴライズの杜撰さ</strong>。<br />
<br />
でも、その「ゾウリムシもカブトムシも同じ虫でしょ？」みたいな、<br />
ガバガバな懐の大きさを人にも適用すれば、<br />
我々はもう少しラクにのびのびと生きられたのではないだろうか。<br />
<br />
<strong><font size="6">人がもっと虫みたいになればいいのに！</font></strong><br />
<br />
それが、この短い連載で俺が伝えたかったことだ。<br />
ということにしてほしい。<br />
<br />
そんな虫ののびしろというかポテンシャルを感じたところで、<br />
みなさんとはお別れです。<br />
<br />
また<strong>虫の知らせ</strong>があったらお会いしましょう。<br />
<br />
んじゃ。<br />
</font><br />
<br />
<a href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/img/img30_kagero_06.jpg" rel="lightbox" ><img src="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/img/img30_kagero_06.jpg" width="400" alt="虫日記打ち切り" class="pict" /></a>]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>『ぴあ』休刊に寄せて　～福田サゲチン伝説　エピソード０～</title>
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		<id>http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid31.html</id>
		<issued>2011-07-22T12:37:55+09:00</issued>
		<modified>2011-07-22T03:37:55Z</modified>
		<summary>どうも、ご無沙汰してます。福田フクスケです。雑誌が冬の時代と言われて久しいですね。ここ数年、休刊になった雑誌を挙げれば枚挙にいとま...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>デリカシーには貸しがある</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<font size="3"><br />
どうも、ご無沙汰してます。<br />
福田フクスケです。<br />
<br />
雑誌が冬の時代と言われて久しいですね。<br />
<br />
ここ数年、休刊になった雑誌を挙げれば枚挙にいとまがないです。<br />
<br />
<br />
ダカーポ、ヤングサンデー、スタジオボイス、<br />
広告批評、TOKYO1週間、スタジオボイス、<br />
あと、スタジオボイ……<br />
<br />
<br />
<strong>まあ正直パッと思いつくのはそれくらいですけれども、</strong><br />
それくらいだからこそ休刊しちゃうわけです。<br />
<br />
<br />
でも、まさかこの雑誌がなくなるとは誰が予想したでしょうか。<br />
<br />
<br />
<strong>ぴあ。</strong><br />
<img src="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/img/img24_file.jpg" class="pict" alt="ぴあ最終号" title="ぴあ最終号" width="300" /><br />
<br />
<br />
いや、まあ数年前に週刊から隔週刊になったときから、<br />
なんとなくうすうす予想はしてたけど。<br />
情報誌ヤバそうだなあ、とは思っていたけど。<br />
<br />
<br />
でも、80年代に「情報を売る」という<br />
消費スタイルをいち早く確立させ、<br />
<br />
小劇場演劇をはじめとするエンタメ興業の流通のあり方を一変させた<br />
エポックメイカーとしての功績は大きいわけじゃない。<br />
<br />
エボリューショナーだったわけじゃない。<br />
<br />
ペレストロイカーだったわけじゃない。<br />
<br />
<br />
そんな『ぴあ』が休刊すると聞けば、寂寞感もひとしおです。<br />
<br />
<br />
だってね、何を隠そうこの私・福田フクスケの<br />
<strong>コラムニストとしての商業誌デビューは<br />
この『ぴあ』だったんですよ！</strong><br />
<br />
<br />
今ではもう『ぴあ』自身ですら<br />
<strong>“なかったこと”</strong>にしていると思いますが、<br />
かつて「ぴあコラム大賞」というものがあってですね。<br />
<br />
全国から広くコラムニスト志望者の原稿を募り、<br />
大賞受賞者には『ぴあ』本誌で連載権がもらえるという、<br />
それは夢のような公募コンテストがあったわけです。<br />
<br />
<font size="4">…まあ今となっては本当に夢だったんじゃないかと思ってますけれども。</font><br />
<br />
<br />
その第２回で私、見事に大賞をいただきまして、<br />
2003年の半年間、『お前のバカで目が覚める！』<br />
というコラムを毎週連載してたんですよ。<br />
<br />
ただ一介の大学生ふぜいが、<br />
ちゃんと原稿料もらって、<br />
あの『ぴあ』に。<br />
<br />
<br />
そりゃあ嬉しかったよね。<br />
たぶんこのときの連載経験がなかったら、<br />
そのあと編集やってフリーライターになるって<br />
道を歩むこともなかったと思います。<br />
<br />
<font size="4">それがよかったか悪かったかは別にしてですけどね！</font><br />
<br />
<br />
だから、こうして今の俺がいるのは、<br />
本当に『ぴあ』のおかげなんです。<br />
<br />
<font size="4">いい意味でも悪い意味でもですけどね！</font><br />
<br />
<br />
ただまあ、こっからが<strong>「福田チューインガム伝説」</strong>の始まりであり、<br />
<strong>「福田サゲチン劇場」</strong>の幕開けなんですけれども。<br />
<br />
<br />
こんな千載一遇のチャンスをものにしたにもかかわらず、<br />
大した反響もなく、<strong>ふわっとした理由で<br />
ぼかされて</strong>連載は半年で終了します。<br />
<br />
ちなみに余談ですが、<br />
第１回の大賞受賞者である山田スイッチさんは、<br />
<strong>1年間続いた連載が見事単行本化。</strong><br />
その後、単著も数冊出されています。<br />
<br />
<img src="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/img/img25_file.jpg" class="pict" alt="山田スイッチの場合" title="山田スイッチの場合" width="498" height="495" /><br />
<br />
<br />
一方、その後漠然と物書きをしたいなあと思いつつも<br />
執筆も売り込みもきちんとしていなかった私は、<br />
<br />
「ぴあ連載」という絶好のセールスポイントを<br />
次の仕事につなげることができず、<br />
<br />
何の糸口もつかめないまま<br />
あれよあれよという間に就活時期を迎え、<br />
一社だけ受けたマガジンハウスに最終選考であえなく不合格。<br />
<br />
<br />
ようやく焦ったところで、もはやどこも採用募集などしておらず、<br />
かろうじて秋口になっても募集を続けていた<br />
都内の某編集プロダクションへすべりこみ就職。<br />
<br />
忙殺がデフォルトの業界体質ですっかり社畜色に染まり、<br />
なんとそのまま5年間も漫然とい続けることになるのです。<br />
<br />
<img src="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/img/img26_file.jpg" class="pict" alt="福田フクスケの場合" title="福田フクスケの場合" width="500" height="320" /><br />
<br />
ちなみに余談ですが、<br />
ぴあコラム大賞は、私が受賞した翌年の第３回で、<br />
<strong>募集のテンションが明らかにトーンダウン。</strong><br />
<br />
受賞者の連載スペースも目に見えて狭くなり、<br />
とうとう翌年の募集は行われないまま、<br />
賞自体が第３回で終了しました。<br />
<br />
<br />
<font size="4"><strong>なんかこれ…俺のせいっぽくない？</strong></font><br />
<br />
<br />
だってさあ、普通に考えてすごいことだよ「ぴあに連載」って。<br />
それが、わずか３年でみるみる賞レースとしての魅力を失い、<br />
いまや誰もその存在を覚えていないって……。<br />
<strong>そんなことある？　考えられる？</strong><br />
<br />
<br />
しかも、これはまあ考え過ぎだと思うんだけど、<br />
なんとなくね、きもーち、心なしかではあるけど、<br />
<br />
<font size="4"><strong>ちょうど俺が連載した頃からだったんじゃないかな…<br />
『ぴあ』の雑誌としての勢いが衰え始めたのは……。</strong></font><br />
<br />
も、もちろん気のせいなんだけどさ！<br />
<br />
<br />
かくして、「ぴあコラム大賞受賞」という賞歴の持つ<br />
意味と輝きは、すみやかなテンポでみるみる色褪せていき、<br />
私は今こうして、あっけらかんとゼロから<br />
フリーライターとしての道を出直しているわけです。<br />
<br />
<br />
今でも思います。<br />
あのとき、連載の余勢を駆って<br />
執筆と売り込みをちゃんとがんばって、<br />
思いきってフリーになっていれば、<br />
<br />
今、それなりの地位で楽できていたんじゃないかって。<br />
<br />
<img src="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/img/img26_file.jpg" class="pict" alt="福田フクスケの場合" title="福田フクスケの場合" width="500" height="320" /><br />
<br />
<br />
だってね、本当にもう、こんなこと言いたくないんですけど、<br />
当時の原稿を読み返してみたら、すごくおもしろいんだ。<br />
<br />
よくこんなの毎週書けてたなあって、感心するもの。<br />
<strong>「誰だこのおもしろい奴は」</strong>って、<br />
自分のことなのに軽く乖離起こしますもの。<br />
<br />
<br />
今、月１で連載してる『ポパイ』のコラムが<br />
1年8か月かかってようやく20回目になるんだけど、<br />
ギャグのセンスも切れ味も密度も、構成の凝り方も、<br />
半年で24回書いた『ぴあ』のコラムに及んでいないと思う。<br />
<br />
正直、あれと同じものはもう書けないよね。<br />
<br />
<br />
よく、女性がヌード写真を撮るときに、<br />
「いちばん若くてきれいな時を記録に残したかった」<br />
とか言うでしょ。<br />
<br />
<img src="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/img/img27_file.jpg" class="pict" alt="素人ヌード" title="素人ヌード" width="300" height="300" /><br />
<br />
あれはさ、自分が40歳、50歳になってから<br />
本当に大切な人に出会ってしまったときに、<br />
<br />
若い頃の私を知ってほしい、<br />
きれいだった私に欲情してほしいと思って、<br />
<br />
きっとその写真を見せるわけじゃないですか。<br />
それで自分もまた自信を取り戻すわけですよ。<br />
<br />
<br />
その気持ち、今なら大いにわかるもの。<br />
好きな人には自分の書いたおもしろいものは知ってほしいし、<br />
たとえばこれから出会って結婚する女性がいるとして、<br />
やっぱり読んでもらいたいもん、この原稿を。<br />
<br />
生まれてくる子供にだって、<br />
<br />
<strong>「パパはなあ、昔こんなおもしろコラムを…</strong><br />
<br />
…って、ごめん、ありえない夢を見て<br />
思わず気分がしんみりしてしまったので、<br />
話を元に戻すけれども。<br />
<br />
<br />
ただね、当時の原稿をあらためて読んで、<br />
俺はちょっとたまげましたね。<br />
<br />
だって、芸能人や一流企業の固有名詞をバンバン出して、<br />
揶揄・嘲笑のオンパレードなんだもの。<br />
パレードっつうか、もはやデモ行進の勢いよ。<br />
<br />
たとえば、一例をちょっと挙げてみましょうか。<br />
<br />
<blockquote>米米クラブの無駄な人数の多さがそれなりの迫力を生んでいたように、京本政樹がモミアゲ込みで京本政樹であるように、足して足された自分の付加価値を寄せて上げてかき集めて、無理矢理Ｃカップくらいにしてあなたもなんとか生きているのでしょ？<br />
（第六回「付加なんていらねぇよ、夏」より）</blockquote><br />
<br />
<blockquote>平井堅の顔のホリの深さに溜まった水を飲んで生き延びたとか、照英の顔の濃さで河川の透明度がちょっと下がったとか、室伏の顔のバタ臭さで出なかった母乳が出るようになったとか、各地からさまざまな報告が寄せられているとかいないとか。<br />
（第七回「顔面濃度計の針を振り切れ！」より）</blockquote>　<br />
<br />
<blockquote>そもそもなんでソニンってあんなに見ていて痛々しいんだろうか。（中略）要するに一言で言えば、そう、無念。志半ばにしてユウキのせいで夢ついえた｢ＥＥ　ＪＵＭＰ｣の無念を、ソニンは今も水子供養のように引きずり続けているように私には見えるのだ。もう名前もソニンやめて｢ムネン｣でいいような気がする。<br />
（第九回「哀歌は背負うよ、どこまでも」より）</blockquote><br />
<br />
<br />
<font size="4"><strong>……ね？</strong></font><br />
<br />
何が「ね？」なのかわかんないけど、<br />
とりあえず<strong>「これ、よく載ったな」</strong>の一言に尽きるよ。<br />
<br />
<br />
『ぴあ』ってさあ、エンタメ情報誌じゃないすか。<br />
芸能人や事務所や興業主の怒りを買ったら、死活問題だと思うわけ。<br />
<br />
「オスカーのタレントの出演情報だけ載ってない」とか、<br />
「研音のタレントだけ伏せ字になってる」とか、ありえないでしょ。<br />
<br />
にもかかわらず、<strong>なにこの無骨なチャレンジ精神。</strong><br />
平和な大地に、無理やり敵を作って戦いを挑むようなこの所業。<br />
<br />
もう少し、当時の原稿から引用してみましょうか。<br />
<br />
<br />
<blockquote>いつも｢ビバ無難｣をスローガンに、バラエティ番組における恵俊彰の存在感のような、毒にも薬にもならない服装を心がけている。<br />
（第十四回「着こなしませんシャツまでは」より）</blockquote><br />
<br />
<blockquote>これからは好きなタレントは菊川怜ですって言うからさ。台詞をしゃべっても司会をしても、すべて手に負えてないのにあんなにスカッと元気なのがいいよね。常に順調に最安値を更新しつつ、その安さ元手に無理矢理輝いてる大雑把な感じが痛々しく潔い。（中略）<br />
底値でモテる。そんな菊川怜な生きかたこそ、現代人のはかない希望ではないだろうか。<br />
（第十七回「TVショッピングのサクラに安いと叫ばれたい」より）</blockquote><br />
<br />
<blockquote>なかったことにしたいことを、あえて忘れない勇気も必要じゃないだろうか。<br />
｢昔ＳＭＡＰにはね、森っていう子がいたんだよ･･････｣私は孫にそう語り継ぐ、後ぐされた年寄りになりたいのだ。<br />
（第十九回「酔って消せない過去もある」より）</blockquote><br />
<br />
<br />
<strong><font size="4">どうしたどうした！<br />
討ち死にしたいのか、『ぴあ』！</font><br />
<br />
怒られるって！<br />
見つかったら絶対怒られるって！</strong><br />
<br />
森クンのこと言っていい雰囲気になったの、つい最近だよね？<br />
それだって「※ただし、メンバーに限る」だよね？<br />
<br />
<br />
私もあれから、ずるずると無駄に長く出版業界にいた。<br />
だから、今ならわかります。<br />
<br />
業界の大人の事情も知らない一介のバカ大学生に、<br />
そんな事情の存在にとうとう最後まで気付かせず<br />
自由に書かせてくれた、<strong>『ぴあ』の懐の深さ。</strong><br />
<br />
「おもしろくない」を理由に書き直しを食らったことはあっても、<br />
「問題になるとまずいから」という理由で<br />
修正させられたことは、ついに一度もありませんでした。<br />
<br />
（正確には一度だけ、<br />
キティちゃんに架空のインタビューをするという内容の回で、<br />
マネージャーをこき使ったり、<br />
<strong>ご当地キティのことを「地方のドサ回り」と言ったり、<br />
「ミッキー捕まえて食いたい」と言ったり…</strong>というネタを書いたとき、<br />
「サンリオピューロランドは広告主だから」ということで<br />
「○キティちゃん」「サ○リオ」「ピューロ○ンド」と<br />
それぞれ伏せ字になった、ということはあったけど、<br />
こんなん、俺が編集者だったらテーマごと書き直させてるよ・笑）<br />
<br />
<img src="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/img/img28_file.jpg" class="pict" alt="さんりお" title="さんりお" width="301" height="372" /><br />
<br />
<br />
そして、その当時、俺の担当をしてくれていた編集者こそ、<br />
<strong>現在の『ぴあ』の最後の統括編集長</strong>だった…という事実。<br />
<br />
<font size="4"><strong>なんか、ちょっと、いい話じゃないすか？</strong></font><br />
<br />
<br />
だから、たとえ私が生粋のサゲチンとしてじわじわと<br />
『ぴあ』の運を下げ、休刊に追い込んだ遠因だったとしても、<br />
<br />
『ぴあ』は私にとってエンタメ情報誌である以上に、<br />
物書きとしての原点であり、古巣であり、学校であり、<br />
<br />
あれ以来ちっとも構ってくれなかった（苦笑）、<br />
ちょっと厳しい恩人なのです。<br />
<br />
<br />
<font size="4">そんな『ぴあ』よ、<br />
３９年間、おつかれさまでした！</font><br />
<br />
<img src="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/img/img29_file.jpg" class="pict" alt="おつかれぴあ！" title="おつかれぴあ！" width="399" height="300" /><br />
<br />
<strong>また書きたかったですけどね！</strong><br />
</font><br />
<br />
<br />
ちなみに、最終選考で落ちたマガジンハウスの面接官の中に、<br />
俺のことをずっと覚えていてくれた人がいて、<br />
その人がのちに『ポパイ』の編集長になって俺に連載を持たせてくれて、<br />
結果的に今、ポパイをメインに仕事をさせてもらってる…というのも、<br />
なんだか不思議な縁を感じる話です。<br />
<br />
だから、『ポパイ』休刊…という縁起でもない事態だけは、<br />
<strong>ギャグでも不吉すぎてそんな怖いこと書けません。</strong><br />
<br />
（文責・福田フクスケ）]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>第05回「モンキフクダアゲハ」</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid30.html" />
		<id>http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid30.html</id>
		<issued>2010-09-05T23:44:47+09:00</issued>
		<modified>2010-09-05T14:44:47Z</modified>
		<summary>福田の蜻蛉日記～すばらしきバグズライフ～第05回「モンキフクダアゲハ」【某月某日】「アリの体のつなぎ目って、いくらなんでも細すぎない？...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>福田の蜻蛉日記</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong><font size=5>福田の蜻蛉日記～すばらしきバグズライフ～<br />
第05回「モンキフクダアゲハ」</font></strong><br />
<br />
<font size=4><br />
【某月某日】<br />
<br />
<font size=5><b>「アリの体のつなぎ目って、いくらなんでも細すぎない？」</b></font><br />
でおなじみ、ご存じ“虫あるある”の福田です。<br />
<br />
私、虫の分際でたいへん恐縮ですが、<br />
ただいま仕事が非常にヤバい状況で、<br />
しかもその原因がひゃっくぱあせんと私にあるので、<br />
今日は手短に済ませていいですか？<br />
<br />
<b>「お行儀」</b>というものについて考えるんですよ。<br />
<br />
たとえば、名前というのはその人が持って生まれたものであって、<br />
本人の意思でどうにもならないものをネタにしたりからかったりするのは、<br />
決してお行儀のいいことじゃないでしょ。<br />
それが他の国の言葉だったりしたら、<br />
なおさら勝手におもしろがるのは失礼だぞと。<br />
<br />
でも、<font size=5><b>『チョン・ダヨンのモムチャンダイエット』</b></font>というタイトルに、<br />
<strong>一瞬、心がざわっとしてしまう</strong>私を私は否定できないのです。<br />
<br />
チョン・ダヨンといわれて、脳内にどうしても<br />
<strong>「赤塚不二夫のキャラクター」</strong>的な顔を<br />
思い浮かべてしまうのは紛れもない事実であって、<br />
誤解を恐れずにあえてさらに言えば、<br />
<strong>「ふざけてるのか」</strong>とも思ってしまうわけです。<br />
<br />
でも、自己弁護じゃないけどさ、<br />
「思ってしまう」こと自体に罪はないと思うのさ。<br />
それはもう、小学生が世界地図に<b>「エロマンガ島」</b>を<br />
見つけたらはしゃがずにいられないのと一緒ですよ。<br />
<br />
「エロマンガ島」にはしゃぐことは、<br />
「エロマンガ島（に住む人）」を馬鹿にすることと<br />
イコールではないからね。<br />
<br />
だから俺、チョン・ダヨンに関しては、<br />
原語を日本語表記のまま出版しようと思った<br />
日本人の編集者が<font size=5><b>「してやった」</b></font>と思うよ。<br />
<br />
<strong>チョン・ダヨン</strong>は<strong>チョン・ダヨン</strong>のまま<br />
<strong>チョン・ダヨン</strong>って言って売ったほうが、<br />
日本人の耳に残るぞっていう確信犯ですよ。<br />
<br />
かといって、そのやり方を<br />
「お行儀が悪い」とは言いきってしまえないところが、<br />
「お行儀」の難しいところなのよね。<br />
<br />
さーて、話がひと段落したところで、<br />
今夜も<b>昆虫界の宿敵・フマ●ラー</b>に<br />
<font size=5><b>「カミキリの羽」（カミソリの刃ではなく）</b></font>を<br />
送りつける威力業務妨害に勤しむとするか。<br />
<br />
じゃ。<br />
</font><br />
<br />
<img src="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/img/img23_kagero_05.JPG" class="pict" alt="kagero_05" title="kagero_05" width="553" height="432" />]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>第04回「シロスジフクダカミキリ」</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid29.html" />
		<id>http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid29.html</id>
		<issued>2010-08-30T22:26:52+09:00</issued>
		<modified>2010-08-30T13:26:52Z</modified>
		<summary>福田の蜻蛉日記～すばらしきバグズライフ～第04回「シロスジフクダカミキリ」【某月某日】二足歩行のみなさん、こんにちは。相変わらずの暑さ...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>福田の蜻蛉日記</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong><font size=5>福田の蜻蛉日記～すばらしきバグズライフ～<br />
第04回「シロスジフクダカミキリ」</font></strong><br />
<br />
<font size=4><br />
【某月某日】<br />
<br />
二足歩行のみなさん、こんにちは。<br />
相変わらずの暑さに、冷凍庫で冷やした虫ゼリー<br />
くらいしか食べる気がしない福田です。<br />
<br />
更新が一週間空いてしまいましたが、これは別に<br />
私の身の上に何らかの変化(脱皮とか羽化とか変態とか)が<br />
起きていたわけではないので、ご心配なく。<br />
<br />
ちょっとね、瀬戸内の島々に行って3日間ばかし羽を休めてました。<br />
あ、「羽を休めてた」ってのは俺の場合、<strong>文字通りの意味</strong>だから。<br />
こういうの、今日から<font size=5>「虫レトリック」</font>って呼ぶからよろしく。<br />
<br />
羽ばたいての移動、虫的にコレ、マジで疲れるのね。<br />
だって考えてみてよ。ハチやカナブンの羽音ってすごいでしょ。<br />
普通に考えて、あんな小さな体からあんな音させたら、<font size=5>背中がもげますって。</font><br />
<br />
何の気なしに飛んでいるように見えて、あれみんな目を血走らせてるからね？<br />
全員が全員、エスパー伊東や江頭2:50のような「りきみ方」を普段使いしてるんだもの。<br />
そりゃあ、寿命も短くなるよ。<br />
<br />
寿命が短くなるといえば、『24時間テレビ』で<br />
マラソンをしていたはるな愛の寿命が縮んでいないか心配だ。<br />
体作りや練習もそこそこに走らされて、あれじゃあ<font size=5>背中がもげますって。</font><br />
<br />
あの番組は、ほんとに相変わらず観ていて<strong>虫酸が走る</strong>なあ。<br />
虫酸マラソンだなあ（←あ、これが<font size=5>虫レトリック</font>ね）。<br />
<br />
…いや、わかってるのよ？<br />
今さら24時間テレビの偽善や欺瞞性を批判して<br />
みせたところで、何の新しさも面白みもないってことは。<br />
むしろ、さも鬼の首をとったように批判する価値すらないと思う。<br />
<br />
だってあれ、やってることは<strong>『はじめてのおつかい』</strong>と一緒だもの。<br />
知恵も体力もない子供がけなげに買い物をする姿は、<br />
そりゃあ愛らしいし、いじらしいし、感動的だし、<br />
それを観て泣くのは人間として自然な反応だとも思う。<br />
でも、それは単に<strong>「バラエティ番組としてよくできている」</strong>ということだ。<br />
<br />
同じことをハンデや悲運を背負った人にやらせることで、<br />
単なる「番組の手法」を、さも「乗り越えるべき人生の試練」<br />
であるかのようにすりかえるのは、なんというか、その、<br />
<font size=5>虫が良すぎる</font>のではないか（言っちゃったーーー！）。<br />
<br />
そうそう。<br />
何かに似てると思ったら、『24時間テレビ』って<br />
虫同士を戦わせる企画モノＤＶＤに似てるんだ。<br />
カブトムシとオオムカデを戦わせたりさあ、確かにおもしろいけど、<br />
それ、<strong>お前が無理やりセッティングしたマッチ</strong>じゃん。<br />
<br />
ま、そういう我われだって、<br />
自分で掘ったドツボにはまっておきながら<br />
<strong>「どうして私、うまくいかないんだろ…」</strong>とか<br />
非運ぶっちゃう生き物ですからね。<br />
<br />
人間は、自ら喜んでハンデを背負っては、<br />
毎日、自分だけの『24時間テレビ』を<br />
演じているだけなのかもしれない。<br />
<br />
澱のように淀んだ現代人の心にとって、<br />
それがけなげな<font size=5><strong>「どぶサライ」</strong></font>の方法なのだ。<br />
<br />
うーん、うますぎて<font size=5>背中がもげますって！</font><br />
</font><br />
<br />
<img src="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/img/img22_kagero_04.JPG" class="pict" alt="kagero_04" title="kagero_04" width="552" height="433" />]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>第03回「ヘラクレスオオフクダカブト」</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid28.html" />
		<id>http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid28.html</id>
		<issued>2010-08-15T23:10:55+09:00</issued>
		<modified>2010-08-15T14:10:55Z</modified>
		<summary>福田の蜻蛉日記～すばらしきバグズライフ～第03回「ヘラクレスオオフクダカブト」【某月某日】高校時代の部活仲間の飲み会が地元であってね。...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>福田の蜻蛉日記</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong><font size=5>福田の蜻蛉日記～すばらしきバグズライフ～<br />
第03回「ヘラクレスオオフクダカブト」</font></strong><br />
<br />
<font size=4><br />
【某月某日】<br />
<br />
高校時代の部活仲間の飲み会が地元であってね。<br />
<br />
普段、大塚ニューコーポのメンバーといると<br />
あんまり気付けないことなんだけど、<br />
いやあ、着実に来てるわ、<strong><font size=5>結婚＆出産ラッシュ</font></strong>。<br />
<br />
なんというかな、<br />
具体的に日付が決まっているとかじゃないのよ。<br />
むしろ、決まってないにもかかわらず、<br />
「まあ、今の相手と次はもうそろそろ結婚かな」<br />
みたいなことを自然と匂わせてくるあの感じね。<br />
<br />
人として段階を踏んで生きている以上、<br />
当然踏むべき手はずとして結婚や妊娠が<br />
視野に入ってきてますよねうちら、みたいな。<br />
<br />
意外とそういうところ堅実だな神奈川県民！<br />
というのが偽らざる私の感想であって。<br />
<br />
だって、結婚するってことはもう恋愛もセックスも<br />
自由にしてはいけないってことだよ。<br />
自分や相手が心変わりしないという保証と信頼を、<br />
なぜたかだか27歳にして持てるのか。<br />
<br />
けっこう本気でわからない虫が今、ここに一匹いるわけ。<br />
<br />
みなさん、<strong><font size=5>「自分には人並みの結婚生活が送れる」</font></strong>という<br />
その漠然とした確信はどこから湧いてくるの？<br />
というのを聞きたくて、とうとう聞けなかった福田なのです。<br />
<br />
ま、虫なんで聞きたい以前にしゃべれなかったわけですけど。<br />
<br />
<br />
＊＊＊＊＊<br />
<br />
しかしでもあれだよ。<br />
私が何よりも感動したのは、<br />
虫になってしまったという信じがたい事態にもかかわらず、<br />
同級生たちがこれまでとさほど変わらず<br />
私のことを受け入れてくれたことだ。<br />
<br />
みんな私のことを昆虫だとは見なさず、<br />
<strong><font size=5>虫けら同然の人間</font></strong>として扱ってくれた。<br />
<br />
「大丈夫だよ、前から虫みたいなところあったし」<br />
「虫になって、むしろしっくりくる感じだよね」<br />
「今まで虫じゃなかったことが不思議なくらいだよ」<br />
「あれ、ていうかとっくに虫だと思ってた」<br />
みんな、私のことを傷つけまいと必死でフォローしてくれる。<br />
<br />
私の生態を察してか、会話の中に不用意に<br />
「駆除」「キンチョール」「触角が取れる」<br />
といったフレーズが出てくるのを避けているのがわかるが、<br />
その他はこれまでと変わらずに接してくれている。<br />
<br />
みんな、ありがとう。<br />
<br />
＊＊＊＊＊<br />
<br />
夜は部員同士で結婚した夫婦の家に泊まりに行ったのだが、<br />
翌朝、玄関先に<strong><font size=5>カブトムシの頭が<br />
いくつも転がっていて</font></strong>おったまげた。<br />
<br />
え、なに？<br />
なんかのサインなの？<br />
ドリカム的に言えば、<br />
「カブトの頭５体陳列　<strong><font size=5>シ・ン・デ・イ・ル</font></strong>のサイン」なの？<br />
<br />
もしや、これが昆虫界の通信手段？<br />
虫になった私に、虫神様(そんなのいるのか知らんが)からの<br />
<strong><font size=5>ムシムシテレフォン</font></strong>(そんなの以下略)なのか？<br />
<br />
テキパキとパニックに陥りそうになったのもつかの間、<br />
家人に聞けば、夏に入ってからなんとほぼ毎朝、<br />
カブトムシの頭部だけが落ちているのだという。<br />
たぶん、猫やアライグマなどの動物の仕業だろう、とのこと。<br />
<br />
そりゃあ、佐川急便のお兄ちゃんが不在連絡票の代わりに<br />
カブトの頭をへし折って玄関に置いていたらすごく嫌なので、<br />
ここはなんとしても動物の仕業であってほしいのだが、<br />
するとあれか、カブトムシを食べる動物にとって、<br />
あのツノの部分は<strong><font size=5>エビフライでいうところの尻尾</font></strong>、<br />
<strong><font size=5>ローストチキンでいうところのアルミホイル</font></strong>なのね。<br />
<br />
たぶん、ツノの部分を手で持って食べるんだろう。<br />
いやーん、かわいい。<br />
<br />
それよりも、毎朝食べ残せるほどたくさんの野生のカブトが<br />
大船に生息していたことに一抹の驚きを禁じ得ないよ。<br />
「え、カントリーマァムって白あんが入ってるの？」くらいの小さい驚きだけど。<br />
<br />
俺も食べられないように気を付けなければ。<br />
</font><br />
<br />
<img src="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/img/img20_kagero_03.JPG" class="pict" alt="kagero_03" title="kagero_03" width="552" height="433" />]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>第02回「ウスバフクダカゲロウ」</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid27.html" />
		<id>http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid27.html</id>
		<issued>2010-08-11T22:55:10+09:00</issued>
		<modified>2010-08-11T13:55:10Z</modified>
		<summary>福田の蜻蛉日記～すばらしきバグズライフ～第02回「ウスバフクダカゲロウ」【某月某日】弱った。なにが弱ったって、朝目覚めたら自分が虫にな...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>福田の蜻蛉日記</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong><font size=5>福田の蜻蛉日記～すばらしきバグズライフ～<br />
第02回「ウスバフクダカゲロウ」</font></strong><br />
<br />
<font size=4><br />
【某月某日】<br />
<br />
弱った。<br />
なにが弱ったって、朝目覚めたら<br />
自分が虫になっていたのである。<br />
そりゃあ弱るだろう。<br />
<br />
あらためて自分の体を見回してみるが、<br />
手足をはじめ、体は硬い甲羅のような<br />
骨格で覆われていて動きにくいし、<br />
背中にはカゲロウのような<br />
大きな羽が生えており背筋が痛い。<br />
<br />
ベッドの脇に立てかけられた姿見に<br />
映った自分の醜悪な姿を見た瞬間、<br />
普段なら恥ずかしくて叫べない松田優作の<br />
あのセリフが、思わず口をついて出る。<br />
<br />
<strong><font size=5><br />
「ジージジジ、ジーーーーッジジジ！」<br />
</font></strong><br />
<br />
…出なかった。<br />
<br />
<br />
<strong><font size=5><br />
「なんじゃ、こりゃあああああああ！」<br />
</font></strong><br />
<br />
と叫んだつもりだったが、実際には<br />
腹弁にある発音膜が震えただけだったのだ。<br />
<br />
いよいよ自分が人間ではなくなったことを実感し、<br />
心の底から本格的にほとほと弱ってきた。<br />
<br />
<br />
わざわざ弱らなくたって<br />
そもそも弱いのが虫という存在だ。<br />
<br />
吹けば飛ぶし、叩けば潰れるし、<br />
<strong><font size=5>「網戸に虫こない」</font></strong>と断言されたらもう網戸にも行けない。<br />
<br />
そんな理不尽なまでの脆弱体質をほしいままにしている<br />
あの虫に、まさか自分がなってしまうなんて。<br />
<br />
<br />
…ああ、先週の今頃は、のんきに<br />
<strong>『借りぐらしのアリエッティ』</strong>観てたのになあ。<br />
<br />
<br />
アリエッティ、想像してたのとだいぶ違ったなあ。<br />
<br />
他人の家の軒下で暮らす小人の話だっていうから、<br />
俺はもっとこう、ダンボールで雨風をしのぐテクニックや、<br />
賞味期限切れの弁当で食あたりを防ぐコツ、<br />
ネットカフェで仕事と素敵な恋を探す方法などが、<br />
吾妻ひでお似の主人公<strong>（身長はひざ丈くらい）</strong>によって<br />
訥々と語られる、松江哲明とかが監督の<br />
ドキュメンタリーだと思ってたのに。<br />
<br />
なんのことはない、ちっちゃい泥棒の話だった。<br />
南くんの恋人にルパン風味を織り交ぜてた。<br />
<br />
「神は細部に宿る」と言うが、小人目線から見た世界の作り込みはさすが。<br />
でも、その細部の豊饒さだけで90分押し切った印象はぬぐえず、<br />
物語の骨格はグラグラだったように思う。<br />
<br />
とはいえ、ジブリ作品って実は全然ウェルメイドじゃなくて、<br />
あからさまな飛躍や破綻を平気でストーリーに盛り込んでくるでしょ。<br />
『千と千尋』しかり、『ポニョ』しかり、<strong><font size=5>けっこう本気でわけわかんない</font></strong>し。<br />
あの名作『トトロ』だって、大人になってから初めて観ていたら、<br />
たぶん「え、なに？」みたいな腑に落ちない点がけっこうあると思うんだよね。<br />
<br />
ただ、直感的に子どもをワクワクさせる圧倒的な魅力だけがある。<br />
<br />
『アリエッティ』も、おそらくそういった愛され方をする<br />
『トトロ』に似たタイプの作品になるのではないでしょうか。<br />
<br />
<br />
それに、今なら私にはわかる。<br />
<br />
この映画は、<strong><font size=5>“虫目線”</font></strong>から見た世界をきわめて<br />
忠実に代弁した、数少ない貴重な映画である。<br />
<br />
あの頃の私は、まだまだ「人間」としての驕った立場から<br />
この映画を観ていたから気付かなかったのだ。<br />
<br />
アリエッティと半ば同じ境遇になった今、<br />
私は彼女の身の上にいたく感情移入している。<br />
私なら、この作品のタイトルをこう名付けるだろう。<br />
<br />
<br />
<strong><font size=5><br />
「虫はつらいよ～ゴキブリ少女のてなもんや放浪記～」<br />
</font></strong><br />
<br />
</font><br />
<br />
<img src="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/img/img19_kagero_02.JPG" class="pict" alt="kagero_02" title="kagero_02" width="400" />]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>第01回「チャバネフクダゴキブリ」</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid26.html" />
		<id>http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid26.html</id>
		<issued>2010-08-01T13:00:00+09:00</issued>
		<modified>2010-08-01T04:00:00Z</modified>
		<summary>福田の蜻蛉日記～すばらしきバグズライフ～第01回「チャバネフクダゴキブリ」無難に日記を書こうと思った。『大塚ニューコーポ』の連載コラム...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>福田の蜻蛉日記</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong><font size=5>福田の蜻蛉日記～すばらしきバグズライフ～<br />
第01回「チャバネフクダゴキブリ」</font></strong><br />
<br />
<font size=4><br />
<blockquote><br />
無難に日記を書こうと思った。<br />
<br />
『大塚ニューコーポ』の連載コラムの更新が止まって早一年。<br />
企画を立てては潰し、書いてはフェードアウトしてきた私が、<br />
どうにか連載の体をなして何かを書かせてもらえるとしたら、<br />
もはや日記でお茶を濁すくらいしか続けられる手立てはないと思ったのだ。<br />
<br />
幸い、面白くもない日常をいじりたおすことなら、<br />
これまでにもさんざん書いてきた。<br />
ていうか、そういうことしか書いたことがない。<br />
<br />
できるかわからないことを始めて、案の定<br />
頓挫させてしまうのがこれまでの人生だったのだから、<br />
できるとわかっていることを地道に続けるのは、<br />
もうすぐ30歳になってしまう男の前向きな<br />
あきらめ方として、もっとも相応しいのではないか。<br />
<br />
私は、そういう人間なのだ。<br />
いや、「人間」だったのだ。<br />
あの日の、あの朝までは。<br />
</blockquote><br />
<br />
＊＊＊＊＊<br />
<br />
【某月某日】<br />
<br />
大塚から早稲田に引っ越して半年経って、<br />
何がいけすかないって、部屋に<br />
ゴキブリが出るようになったことだ。<br />
<br />
狭い狭い6.5畳のワンルームに<br />
レギュラーサイズのゴキブリが出没すると、<br />
広い部屋よりも、必然的にゴキブリの占有率が高くなるわけで、<br />
人間様が月収の1/3の家賃を払ってやっとこ住んでいる牙城に、<br />
わずかでもあんなキャラメリゼした松崎しげるの皮膚みたいな<br />
生物をタダで間借りさせているかと思うと、<br />
これはもう相当にいけすかない事態だ。<br />
<br />
パッケージでそこそこかわいいと思って借りた<br />
ＡＶの女優が、中を観てみたら<br />
「フジの高橋真麻アナそっくり」<br />
だったとき以上にいけすかない。<br />
<br />
で、仕方がないから前足をこすりあわせつつ<br />
近所のドラッグストアに向かい、<br />
「虫にきびしく、人にやさしい」という<br />
キャッチフレーズが書かれた殺虫スプレーを購入。<br />
なんでも、ゴキブリの通り道にあらかじめ<br />
噴霧しておくだけでも殺虫効果があるという。<br />
<br />
さっそく、部屋の壁づたいに「憤怒！」という勢いで噴霧し、<br />
これで今年の夏はゴキエッティを借り暮らしさせるまい、<br />
と溜飲を下したのもつかの間。<br />
<br />
なんかさ、鼻水が止まらないのね。<br />
かんでもかんでも「もう出てくるの？」みたいな、<br />
ねづっちのなぞかけのような信心深いテンポで<br />
鼻水がこみ上げてくるのである。<br />
<br />
もうね、クヌギの樹液のようなこみ上げ方なんですよ。<br />
思わず「おいしそう」とすら思いましたね。<br />
<br />
「人にやさしい」と書いてあったはずなのに、<br />
この殺虫スプレーは、なぜこんなにも俺にきびしいのか。<br />
まったくもって、いけすかない。<br />
フジの高橋真麻アナ本人よりもいけすかない。<br />
<br />
思わず街灯にたかりたくなる気持ちを抑えながら、<br />
その日はさなぎのように眠りについた私なのだった。<br />
<br />
＊＊＊＊＊<br />
<br />
<blockquote><br />
翌朝、腹側部の呼吸孔に息苦しさを覚えて<br />
目を覚ました私は、寝ぼけまなこをこすろうとして<br />
その目が複眼であることに気付き、ギョッとした。<br />
<br />
自分が虫になっていたことを理解したのは、それから5分後のことだ。<br />
<br />
その日から、私の「リアル・バグズライフ」が始まったのである。<br />
</blockquote><br />
</font><br />
<br />
<img src="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/img/img18_kagero_01.JPG" class="pict" alt="kagero_01" title="kagero_01" width="400" />]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>大塚ニューコーポ一周年に寄せて</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid25.html" />
		<id>http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid25.html</id>
		<issued>2010-01-25T00:00:00+09:00</issued>
		<modified>2010-01-24T15:00:00Z</modified>
		<summary>ご無沙汰しております。福田フクスケです。このたび、2010年1月25日を持ちまして、webサイト『大塚ニューコーポ』は開設一周年を迎えました。こ...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>お知らせ</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[ご無沙汰しております。福田フクスケです。<br />
<br />
このたび、2010年1月25日を持ちまして、webサイト<strong>『大塚ニューコーポ』は開設一周年を迎えました</strong>。<br />
<br />
この間、一度でもサイトのコンテンツをご覧いただいた皆様には、厚く御礼申し上げます。<br />
<br />
<br />
一周年を迎えた感想を一言で申し上げますと、<br />
<strong><font size="4">「いまだかつて、こんなにも人目に触れないサイトがあっただろうか」</font></strong><br />
というのが正直なところです。<br />
<br />
<br />
いや、確かにここ半年間のサイト更新頻度には、<strong>非常に心もとないものがありました</strong>。<br />
<br />
ここ最近は、定期的に更新されるコンテンツといえば、MSTとフクスケによるラジオ番組のみ。<br />
そりゃあアクセス数もページビュー数も伸びないだろうという自覚と懺悔はありますよ。<br />
<br />
それはもう、<strong>元気よく「ごめんなさいね！」</strong>と言うしかないです。<br />
<br />
<br />
でもね、少なくともオープンから半年の間のコンテンツは、そこそこに充実していた自負だってあるんです我われには。<br />
かなりがんばって毎日どこかしら更新してました。<br />
<br />
にもかかわらず、<strong><font size="4">まあ見られてる気がしない</font></strong>。さっぱりしない。<br />
<br />
アクセス解析しても、「女性器」とか「オナニー」とか、<br />
まあエロ目的の奴しか網にかかってきませんでしたわ。<br />
あと「男の尻」目的の奴もようけ引っかかってきましたわ。<br />
<br />
<strong><font size="4">「お前、そんなざっくりした検索の仕方で、<br />
ちゃんといつも見たいもの探せてるのか？」</font></strong><br />
<br />
逆に心配になるくらいですわ。<br />
<br />
<br />
ことほどさように、大塚ニューコーポの歩んできた一年間は、<br />
広大なるネット空間において、孤軍奮闘おもしろいことをしていることを<br />
<strong><font size="4">誰からも見つけてもらえない空しさとの、戦いとあがきの歴史</font></strong>だったのです。<br />
<br />
<br />
もうこんな空しい戦いは嫌だ。<br />
<br />
そう思ったから…かどうかはわかりませんが、<br />
私たちは開設一周年を記念して、<strong><font size="4">新たな悪あがき</font></strong>をしてみたいと思います。<br />
<br />
その“悪あがき”とは…<br />
<br />
<br />
<font size="5"><strong><br />
大塚ニューコーポのフリーペーパーを作ります！<br />
<br />
これまでの連載コンテンツの再録やダイジェストのほか、<br />
<br />
紙媒体だけの新作コンテンツも盛りだくさん！<br />
<br />
大塚ニューコーポの活動実態がわかる16Ｐオールカラー！<br />
<br />
近日発行！<br />
<br />
都内各所で配布予定!!<br />
<br />
乞うご期待!!!<br />
<br />
Coming soon!!!!<br />
</strong></font><br />
<br />
<br />
2010年、大塚ニューコーポの新たな動きにご期待ください。]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>第23回　「ノーリーズン・ノーライフ」</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid24.html" />
		<id>http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid24.html</id>
		<issued>2009-09-01T15:37:44+09:00</issued>
		<modified>2009-09-01T06:37:44Z</modified>
		<summary>第23回　「ノーリーズン・ノーライフ」…まあ、その、あれだ。1カ月ほど、「作者取材のため休載していた」ということにしといてはもらえない...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>デリカシーには貸しがある</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong>第23回　「ノーリーズン・ノーライフ」</strong><br />
<br />
<font size="4"><b>…まあ、その、あれだ。</b></font><br />
1カ月ほど、<font size="4"><b>「作者取材のため休載していた」</b></font>ということにしといてはもらえないだろうか。<br />
<br />
文頭がいきなりしどろもどろで始まる。<br />
このコラムは、そんな斬新さを常に小脇に抱えながらお送りしているおしゃれな連載である。<br />
昔、<font size="4"><b>「小脇に抱えていいのはセカンドバッグだけ！」</b></font>という標語を『少年ジャンプ』か何かで読んだことがあるが、知ったことではない。<br />
ひょっとすると、<font size="4"><b>「鳥山先生の漫画が読めるのはジャンプだけ！」</b></font>の間違いだったような気もするが、<font size="5"><b>同じことだ。</b></font><br />
<br />
だから、「連載を落とし続けた」という事実を、<br />
「取材のため休載していた」というおしゃれな筋書きに無理やり書き換えても、<br />
みんなひっそりとスルーしてくれるのではないか。<br />
そんな期待で私の胸は今、いっぱいである。<br />
<br />
漫画雑誌では、「作者取材のため休載します」という一文をよく見かけるが、<br />
そもそも、連載を落としてしまうことに、理由なんてあるのだろうか。<br />
…いや、そりゃあるだろうけど、そういつもいつも合理的で、<br />
明確な理由で連載を落とすことなんて、ないのではないか。<br />
<br />
中には、本当に取材している人もいるだろうが、<br />
たいていは「締め切りにどうしても間に合わなくて」とか、<br />
「単行本の修正作業で連載どころじゃなくて」とか、<br />
そんな理由がほとんどだろう。<br />
<br />
「ただなんとなく気が乗らなくて、<font size="4"><b>眠くてしょうがないので寝てしまった</b></font>」とか、<br />
「<font size="4"><b>おもしろいことを思いつく気がしなかった</b></font>ので、締め切りを見送った」とか、<br />
そんな理由だって、じゅうぶん連載を落とす理由になる。<br />
<br />
「太陽が黄色かったから」人を殺した『異邦人』のムルソー。<br />
<font size="4"><b>「出前のカレーが辛かったから」</b></font>リハをキャンセルしたYOSHIKI。<br />
<font size="5"><b>「急にボールが来たので」</b></font>決定的チャンスを外した柳沢。<br />
<br />
何かをしたり、あるいはしなかったりする理由や動機なんて、そんなものだ。<br />
みんな、そこまで確固たる根拠や決め手があって、行動しているわけではない。<br />
<br />
そうではなく、逆に「してしまった」「しなかった」結果の方が先にあって、<br />
それに対して、周囲を納得させたり、周囲が勝手に納得したいがために<br />
「落としどころ」が必要で、<font size="4"><b>そのために理由や根拠は用意される</b></font>だけではないのか。<br />
<br />
たとえば一時期、のりピーが<font size="4"><b>クラゲのマネをしたり、「ぽぽぽー」と歌う</b></font><br />
インタビュー映像が、何度も繰り返し繰り返し<br />
<font size="4"><b>トランスミュージックのように</b></font>流れていたが、<br />
そんなもの鬼の首とったように見せられても、<br />
<font size="4"><b>「ああ…テンション高いね」</b></font>という感想以外に<br />
何の判断材料にもならないのが正直なところである。<br />
あんなんで「ヤバイ」って言ってたら、<font size="5"><b>山田優の弟</b></font>はどうなるんだ。<br />
<br />
こういうのって、犬がうるさく吠えていただけなのに、<br />
たまたま大地震が起きたから<font size="4"><b>「予知した」</b></font>って騒がれるのに似てないか？<br />
犬は、本当に地震を予知して吠えていたのかもしれないが、<br />
それはすでに地震が起きたから言えることであって、<br />
<font size="4"><b>「ほらね、やっぱりおかしかったでしょ」</b></font>と言うのは<br />
<font size="5"><b>後出しじゃんけん</b></font>って感じがするのな。<br />
<br />
選挙で民主党が大勝した理由だって、<br />
大勝した後だからもっともらしいことを言えるが、<br />
実際のところ最大の理由は、<font size="4"><b>「テレビ報道が政権交代ムードを煽っていたから」</b></font>でしょ。<br />
それにしたって、ここまで極端に大差がつくというのは、<br />
<font size="4"><b>合理的な根拠や理由では説明できない</b></font>わけで、<br />
民意がいかに気分に流されるかってことの証明にしかならない。<br />
<br />
「あの人はB型だから…」<br />
「彼って草食男子だし…」<br />
「私って、朝ダメな人じゃないですか…」<br />
「ゲイだから…」<br />
「愛人体質だから…」<br />
「心に闇があるから…」<br />
「エチオピア人だから…」<br />
<font size="4"><b>「人間だもの…」</b></font><br />
<br />
“すでにある定型文”にあてはめて<br />
自分や他人の心を説明しようとするのは便利だが、<br />
物事にあんまり<font size="4"><b>理由や根拠を求めすぎると、本質を見失う</b></font>のではないかと思う。<br />
<br />
しかし、そうかと思えば押尾学のように、<br />
「六本木」「女」「合成麻薬」といった<br />
<font size="4"><b>“いかにも”なシチュエーション</b></font>から、<br />
「自分だけ部屋から逃げちゃう」という<br />
<font size="4"><b>“いきがってるのにまぬけ”なニュアンス</b></font>まで、<br />
世間が作り上げた「押尾学っぽさ」の“定型文”に、<br />
<font size="4"><b>自分からぴったりあてはまってしまう</b></font>ような事件を起こす人もいる。<br />
<br />
彼に関してだけは、<font size="4"><b>「だって押尾学だから」</b></font>という<br />
理由ですべて済ませていいような気もするが、<br />
彼もまた、そういった<font size="5"><b>作られた「理由」の犠牲者</b></font>だと言えないこともなくもない。<br />
<br />
いずれにしろ、今日もどこかで日々、それらしい「理由」が生み出され、<br />
その「理由」に背中を押されて、我々は行動したり事件を起こすのであろう。<br />
<br />
というわけで、連載を落とし続けてすみませんでした。<br />
<br />
だって…<br />
<br />
<font size="4"><b>ポケモンラリーの家族連れが……</b></font><br />
<br />
<font size="5"><b>幸せそうだったから………。</b></font>]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>第22回　「噛まぬなら落としてしまおうホトトギス」</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid23.html" />
		<id>http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid23.html</id>
		<issued>2009-07-29T18:00:00+09:00</issued>
		<modified>2009-07-29T09:00:00Z</modified>
		<summary>第22回　「噛まぬなら落としてしまおうホトトギス」どうも、2週間ぶりです。ご存知の通りこのコラムは、世にはびこるデリカシーという名の偽...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>デリカシーには貸しがある</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong>第22回　「噛まぬなら落としてしまおうホトトギス」</strong><br />
<br />
<font size="4"><b>どうも、2週間ぶりです。</b></font><br />
<br />
ご存知の通りこのコラムは、世にはびこるデリカシーという名の<br />
偽善と欺瞞について考える、<font size="4"><b>熱血硬派な社会派コラム</b></font>なのであって。<br />
<br />
当然、その執筆者である私は、デリカシーの粋を知り尽くし、<br />
<font size="4"><b>デリケートな所のかゆみを自分で治せる</b></font>、デリカシーの猛者です。<br />
人は私のことを陰で<font size="5"><b>フェミニーナ軟膏</b></font>と呼んで慕っています。<br />
<br />
しかし、やんぬるかな、そんな私も「締め切り」に対する<br />
デリカシーだけは、すこぶる甘い。<br />
それはもう、<font size="4"><b>中学生男子の将来設計</b></font>のように甘い。<br />
その甘さたるや、「<font size="5"><b>マックスコーヒーだと思って飲んだら、<br />
福田の締め切りだった</b></font>」と勘違いされるほどである。<br />
<br />
そして、喩えに凝るあまり、今、多くの読者を理解の対岸へ<br />
置いてきぼりにしている気がするのですが、みなさん大丈夫でしょうか。<br />
つまらなくてもこれが俺の持ち味なので、<font size="4"><b>がんばって付いてきてください</b></font>。<br />
<br />
ともかく、いくらこの連載のタイトルが<br />
<font size="4"><b>『気まぐれフクスケのぼちぼち更新コラム』</b></font>だからといって、<br />
さすがに2週連続で更新を落とすと、<br />
『大塚ニューコーポ』での私の立場がなくなる。<br />
<font size="5"><b>ていうか、もうほとんどない。</b></font><br />
<br />
つい先日も、8月更新予定の単発企画の制作をしていたのだが、<br />
さまざまなシチュエーションの下、外で写真を撮るというこの企画で、<br />
私は被写体として<font size="4"><b>脱いだり裸になったり裸の上に食べ物を乗せられたり</b></font>、<br />
なんだかやたらと体を張らされる<font size="4" color="red"><b>モルモット的な立場</b></font>だった。<br />
<br />
なんだか最近こういう役回りが多いな…とは思っていたが、<br />
よく考えたらこれは要するに、「<font size="4"><b>言葉で笑いをとれない能無しは、<br />
体を張って笑いをとるしかないぞ</b></font>」という<font size="5"><b>戦力外通告</b></font>だったのか。<br />
<br />
やばいなあ。<br />
じわじわと崖っぷちに追い詰められてきている気がするのよ。<br />
<font size="4"><b>周囲の顔が片平なぎさに見える</b></font>瞬間だ。<br />
<br />
差別的なことを言うつもりはないけど、現実問題として、<br />
頭を使って笑いを取る人間は、体を張って笑いを取る人間を見くびっていると思うわけ。<br />
つまり、知らず知らずのうちに体を張らされているということは、<br />
<font size="4"><b>マイルドにフェードをかけながら引導を渡されている</b></font>のと同じことだ。<br />
それだけは、<font size="5"><b>ええいああ</b></font>、なんとしても避けたい。<br />
<br />
おもしろきゃいいとは思っているが、対等じゃないのは嫌だ。<br />
少なくとも、裸になったり痛がったりして笑わせるのは、俺のガラじゃない。<br />
だから今はまだ、がんばって頭と言葉を使ってコラムを書こうと思う。<br />
<br />
とはいえ、私が締め切りや計画さえきっちり守る人間だったら、<br />
事態はもう少しどうにかなっていると思うのだ。<br />
なぜ、なーぜこんなにも締め切りを守れないのかなこの俺様は！<br />
という問題は、下山事件以上に<font size="4"><b>戦後史最大のミステリー</b></font>なのである。<br />
<br />
昔はそれでも、なんとかなってたのよ。<br />
さながら<font size="4" color="red"><b>窮鼠が猫を噛む</b></font>ように、火事場の天才的能力が発揮できる<br />
ギリギリの「追いつめられ」のデッドラインを心得ていたもの。<br />
それが、いつしか追いつめられすぎて、<font size="5"><b>猫にのどぶえを<br />
噛み切られてジ・エンド</b></font>になることが増えてきた。<br />
<br />
そうなのだ。<br />
<font size="4"><b>チョロQが、一度うしろに引かなければ走れない</b></font>ように、<br />
私は生まれてこの方、追いつめられることなく、<br />
自分から猫を噛みにいったことなんてないのかもしれない。<br />
だとしたら、ちょうどいい追いつめられ方のタイミングを<br />
見きわめられなくなってきた<font size="4"><b>勘の鈍り</b></font>は、私にとって死活問題だ。<br />
<br />
「締め切りを守って、なおかつおもしろいものを書く」ことが両立できない人間は、<br />
「締め切りを優先させて、そこそこのものを書く」か、<br />
「締め切りは破るけど、超おもしろいものを書く」か、<br />
どちらかしか、生きる道がない。<br />
そして後者の道は、売れるか偉くなるかしないと認められないのです。<br />
<font size="4"><b>人は誰もがリリー・フランキーにはなれない</b></font>のですからしてー！<br />
<br />
窮鼠にしかなれないのならば、計画的に窮鼠になるしかない。<br />
だったら私は、<font size="4"><b>「窮鼠になるテク」</b></font>を磨きたい。<br />
<font size="5"><b>窮鼠初段</b></font>になりたい。<br />
<br />
誰か、<font size="4"><b>『猫に噛みつく窮鼠力』</b></font>というタイトルで<br />
ビジネス書でも出してくれないでしょうか。<br />
もしくは、<font size="5"><b>『片平なぎさは、なぜ崖に犯人を追いつめるのか』</b></font>という新書でもいいですから。<br />
<br />
そんなわけで今とにかく私は、<br />
遅れたコンテンツの更新を取り戻すために、<br />
次の更新がさらにまた滞っていくという<font size="4"><b>悪循環の回し車を、<br />
カラカラカラカラ走っている<font color="red">ハムスター</font></b></font>である。<br />
<br />
ああ、今なら連載時の作画の乱れを単行本収録時に直すために、<br />
本誌の連載を休んでいた<font size="4"><b>富樫義博先生</b></font>の気持ちがわかる。<br />
<font size="4"><b>カラカラわかる。</b></font><br />
<br />
<font color="red">モルモット</font>になったり<font color="red">ネズミ</font>になったり<font color="red">ハムスター</font>になったり、<br />
どうにも<font size="5"><b>げっ歯目なキャラ</b></font>から抜け出せない私なのだった。]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>第21回　「デブは心の病気です」</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid22.html" />
		<id>http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid22.html</id>
		<issued>2009-07-08T22:00:00+09:00</issued>
		<modified>2009-07-08T13:00:00Z</modified>
		<summary>第21回　「デブは心の病気です」この先の人生、たとえどんな事故や難病に見舞われようとも、これだけは絶対に自分とは無縁だろうと思っている...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>デリカシーには貸しがある</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong>第21回　「デブは心の病気です」</strong><br />
<br />
この先の人生、たとえどんな事故や難病に見舞われようとも、<br />
これだけは絶対に自分とは無縁だろうと思っているものがある。<br />
<br />
<font size="6"><b>デブだ。</b></font><br />
<br />
まさか自分がデブにはならないだろうという強い確信があるのである。<br />
これは何も自分の自己管理を過信しているのではなく、<br />
それ以前に、管理しなくても太らないし、太れない体質なのだ。<br />
<br />
生まれてこの方、脂肪がつかない代わりに筋肉もない<br />
やせぎすの体型で、そのフォルムは<font size="5"><b>限りなくエヴァンゲリオンに近い</b></font>し、<br />
胸板もベニヤのように薄く、<font size="5"><b>“平成の歩く細うで繁盛記”</b></font>と呼ばれている。<br />
<br />
空から女の子が降ってきても、腕力がないので受け止めきれず、<br />
薄い胸板をすり抜けてしまい、<font size="5"><b>落として死なせてしまう</b></font>だろう。<br />
もちろん、<font size="6"><b>ラピュタは一生見つからない</b></font>。<br />
<br />
そんな私だから、世間のほとんどの人が強迫観念のように<br />
抱いている「デブフォビア（デブ恐怖）」を感じたことがない。<br />
そもそも、自分がデブになるという<font size="5"><b>ビジョンが思い描けない</b></font>のだ。<br />
<font size="5"><b>“日本経済再生のシナリオ”</b></font>のほうがまだ思い描けるくらいに、<br />
どうすればデブになるかがわからない。<br />
<br />
①夜遅くに②高カロリーなものを③大量に食べるという<br />
<font size="5"><b>「デブ三原則」</b></font>を遵守した生活を送っているし、運動もまったくしない。<br />
それどころか、食品のカロリー表示というものを気にしたことが、まずない。<br />
見向きもしない。<br />
にもかかわらず、私が常にエヴァンゲリオン体型をキープしているのは、<br />
身も蓋もない言い方をしてしまえば、「体質だ」ということになる。<br />
逆に、普通に食べているだけなのに太りやすい体質の人も当然いるわけだ。<br />
<br />
で、ここで問題発生よ。<br />
アメリカでは、太っていることを理由に<font size="5"><b>自己管理能力が低い</b></font>などとレッテルを貼られ、<br />
人事査定でマイナス評価が下されたり、リストラの対象になることもあるという。<br />
だとすれば、私のように体型にこそ表れないが、<font size="5"><b>考え方にデブフラグが立ちまくっている</b></font><font size="6"><b>「心のデブ」</b></font>も、同様に「問題アリ」とジャッジを下されるべきである。<br />
<br />
ところが、断罪されるのはいつだって目に見える<font size="5"><b>「フィジカルデブ」</b></font>ばかり。<br />
そんな彼らの脂肪の影に隠れて、心を肥え太らせている<font size="5"><b>「メンタルデブ」</b></font>が断罪されないのは、ちとアンフェアではないだろうか。<br />
<br />
そう、<font size="6"><b>デブも心の時代</b></font>なのである。<br />
<br />
そのことを象徴するかのように、<br />
私の友人には、さして太っているわけではないのに<br />
完全に「デブキャラ」扱いされてしまう人物がいる。<br />
何を隠そう、大塚ニューコーポのますらおでぶ、その人である。<br />
<br />
彼は、がっしりした体格ではあるが、<br />
取り立てて騒ぐほど太っているわけではないし、<br />
最近は実際にダイエットにも成功して、<br />
数字的にはもはやまったくもってデブではない。<br />
<br />
しかし、たとえば<br />
「すべての食べ物の中でコーラが一番好き」<br />
「気になるラーメン店に行くためだけに外出することを厭わない」<br />
「激しい運動をすると、疲れるよりも先に物が食べたくなる」<br />
「食後に水が飲みたくなるように、<font size="5"><b>口が自然と菓子パンを欲する</b></font>」<br />
などといった逸話の数々が、彼の過去をつつくと<br />
<font size="5"><b>肉汁のようにあふれ出す</b></font>につけても、<br />
<br />
またあるいは、学生時代に金がなくなり、<br />
食べ物が底を尽きて困窮するあまり、<br />
<font size="6"><b>「ティッシュにぽん酢をつけて食べた」</b></font>という<br />
伝説的エピソードを聞くにつけても、<br />
<br />
人をデブキャラたらしめているのは、<br />
体型ではなくその考え方にある、としみじみ思うのである。<br />
<br />
そんな私も、人のことは言えない。<br />
生活習慣や心がけは、間違いなくメンタルデブそのもの。<br />
こうなったらいっそのこと、<br />
<font size="5"><b>体重55キロでありながら「デブ」と呼ばれる</b></font>ことを目指して、<br />
<font size="6"><b>「デブは脂肪ではない、思想だ」</b></font>を合言葉に日々を生きようと思う。<br />
<br />
最近、ちょっと脇腹がついてきたような気がするのは、もちろん気のせいである。]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>第20回　「残り物には汁がある」</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid21.html" />
		<id>http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid21.html</id>
		<issued>2009-06-23T19:00:00+09:00</issued>
		<modified>2009-06-23T10:00:00Z</modified>
		<summary>第20回　残り物には汁がある料理の残り汁にご飯を入れて食べるのが好きだ。特に、カップラーメンや、ポトフなどの煮込み料理で、メインとなる...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>デリカシーには貸しがある</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong>第20回　残り物には汁がある</strong><br />
<br />
料理の残り汁にご飯を入れて食べるのが好きだ。<br />
<br />
特に、カップラーメンや、ポトフなどの煮込み料理で、<br />
メインとなる麺や具を食べ終わったあとのスープに目がない。<br />
<br />
Ｂ級グルメにも満たない<font size="4"><b>Ｇ(ゲス)級グルメ</b></font>であることは自覚しているが、<br />
その反面、「一人で食事するときはみんなやってるんでしょ？」と<br />
半ば当然のように思っていたので、私のこの食習慣に対して<br />
「意地きたない」「貧乏くさい」と、<br />
<font size="4"><b>道端に吐き捨てられたタンを見る</b></font>ような目で<br />
非難されたときには、正直、面食らった。<br />
<br />
え、だって、汁物の料理って、その残り汁にこそ旨みが凝縮されているわけで、<br />
具材を食べきったことは単なる通過儀礼にすぎないというか、<br />
私にとっては「<font size="4"><b>むしろここからがメインイベント</b></font>だ」くらいの気持ちなのである。<br />
<font size="5"><b>汁こそが本番。</b></font><br />
決して、<font size="4"><b>ＡＶ男優の下克上</b></font>の話ではない。<br />
<br />
<br />
とにかく、私の「残汁道（ざんじるどう）」は筋金入りだ。<br />
<br />
「なか卯」でカレーうどんを頼むときには、わざわざ単品でライスも頼み、<br />
うどんを食べ終わった後の残り汁にライスを入れて二度楽しむ。<br />
<br />
鶏のから揚げに甘辛い南蛮ソースがかかっていれば、<br />
から揚げは<font size="4"><b>なるべくソースを落として</b></font>食べ、<br />
余ったソースを寄せ集めてご飯を浸して食べる。<br />
<br />
居酒屋で食べ終わった牛すじ煮込みの皿を下げられそうになると、<br />
<font size="4"><b>「まだこの汁が残ってるでしょうがあ！」</b></font>（田中邦衛のマネで）と<br />
本気で引き止めたくなり、名残惜しさを2分くらい引きずる。<br />
<br />
家にいてカップラーメンくらいしか食べるものがないとき、<br />
「ご飯が炊けていない」ことを理由に(残り汁にご飯が入れられない)<br />
カップラーメンを食べること自体をやめたりする。<br />
<br />
ことほどさように、「残り汁にご飯を浸す」は、<br />
私にとって<font size="4"><b>「ズボンに足を通す」</b></font>と同じくらい自然なことなのに、<br />
やんぬるかな、「残汁道」に世間の風は冷たい。<br />
<br />
そもそも、「残り汁」という呼び名からして<br />
「残ってるわけじゃねえよ」という憤りを感じてやまないのだ俺は。<br />
<b>「残ったのではない、残したのだ」</b>という、<br />
<font size="4"><b>かの有名なダンテの言葉</b></font>をあなた方は知らないのか。<br />
<br />
ま、<font size="4"><b>そんな言葉はないので</b></font>知らなくても仕方ないわけだが、<br />
とにかく、ラーメンに替え玉を入れることが、<br />
鍋の最後を“おじや”で締めることが、<br />
何の抵抗もなく当たり前のように受け入れられているのに、<br />
なぜカップラーメンや他の料理の残り汁にご飯を入れることだけが、<br />
こんなにも嫌悪の目で見られなければいけないのか、私には理解できない。<br />
<br />
それにしても、なぜ私はときにわざと汁を余らせてまで、<br />
残り汁でご飯を食べることに執着するのだろうか。<br />
たぶん、私の中の基本思想として、<br />
「美味いものは白飯で食いたい」という意識があるのだと思う。<br />
<br />
たとえば、焼肉に行くと「ライスを頼んでしまうと、そのぶん肉が<br />
食えなくなってもったいない」みたいな考え方をする人がいるが、<br />
私の場合、たとえ<font size="4"><b>肉効率</b></font>(米や小麦で満腹にしてしまうのではなく、なるべく<br />
コストパフォーマンスが高い肉で腹を満たそうという配分の割合)は下がっても、<br />
「こんなにご飯と相性のいい肉があるのに、一緒に飯を<br />
食べないことのほうがもったいない」と考え、ライスを頼んでしまう。<br />
<br />
そう。<br />
まだ<font size="4"><b>それでご飯が食えるだけの味がある</b></font>ものを、<br />
残したり捨てたりしてしまうのは、<font size="4"><b>もったいない</b></font>気がするのである。<br />
<br />
もっと突き詰めて考えると、私は「おかずとご飯の関係」というものを、心のどこかで<br />
「濃い味の料理は、<font size="5"><b>味をご飯でうすく引き伸ばすことで長持ちさせて</b></font>食べている」<br />
と考えているようなふしがあり、だから濃い味の料理をご飯なしでそのまま食べるのは、<br />
「味を余らせてしまって、もったいない」ということなのだと思う。<br />
<br />
だとすると、実体のない「味」というものに対する<br />
私のせこさ、<font size="4"><b>もったいなさがり加減</b></font>には常軌を逸したものがあり、<br />
「意地きたない」「貧乏くさい」という周囲の非難も<br />
あながち的外れではないのであった。<br />
<br />
<font size="5"><b>でも、美味しいよ、残り汁。</b></font><br />
<br />
※近日中に、この「残り汁がうまい」という主張だけで、ONCのコンテンツを作るつもりなので、そちらのほうも動向を刮目していただきたい。]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>第19回　「一発校了チキンレース」</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid19.html" />
		<id>http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid19.html</id>
		<issued>2009-06-17T22:23:20+09:00</issued>
		<modified>2009-06-17T13:23:20Z</modified>
		<summary>第19回　一発校了チキンレースここ数週間、私がこの連載を落とすほどにしんどい思いをして泣きながら編集していたムックの制作が、ここにきて...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>デリカシーには貸しがある</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong>第19回　一発校了チキンレース</strong><br />
<br />
ここ数週間、私がこの連載を落とすほどにしんどい思いをして<br />
泣きながら編集していたムックの制作が、ここにきてようやく、<br />
おかげさまで<font size="4"><b>無事に一発校了で</b></font>終わりを迎えようとしている。<br />
<br />
編集者にとって「一発校了」とは、<br />
その語感からもうすうす想像がつくように、<br />
<font size="4"><b>ダルビッシュにとっての「一発着床」と同じくらい<br />
ジ・エンドな</b></font>恐ろしい言葉であって、<br />
<br />
意味を知らない非・出版業界の方にあえて説明するならば、<br />
「初めて作った料理を一度も味見をしないで王様に出す」<br />
<font size="4"><b>「ブレーキが利くか確認しないままチキンレースに参加する」</b></font><br />
<font size="5"><b>「絶対にチェンジができない出張ヘルス」</b></font><br />
みたいなことだと思ってほしい。<br />
厳密にいうと全く違うが、少なくとも気分的には、そんな感じだ。<br />
<br />
要するにものすごくアクロバティック。<br />
しかし、そのアクロバティックさ加減は、<br />
シルク・ドゥ・ソレイユというよりは<br />
<font size="4"><b>電撃ネットワークにきわめて近い</b></font>ものであって、<br />
大事なのは技術よりも、<font size="4"><b>口の中で爆竹を鳴らす勇気。</b></font><br />
そう、その<font size="5"><b>｢勇気｣こそが一発校了に必要なもの</b></font>だ。<br />
<br />
そんな、帰りのガソリンを積まない神風特攻隊のような志で、<br />
私が一体<font size="4"><b>どんな高尚な学術書を作っていたのか</b></font>といえば、<br />
インターネットの炎上や祭りといった現象の事例を集め、<br />
その悲惨さ可哀想さあられもなさを、人の不幸を覗き見したい<br />
野次馬精神でもって楽しもうという身も蓋もない企画であって、<br />
当然、<font size="4"><b>デリカシーもへったくれもない下衆な本</b></font>である<br />
(もちろんこれは貶しているのでなく、「下衆に徹しているから素晴らしいのだ」というフェーズが賛辞として通用する世界観や価値観があるってことくらい、懸命な読者はわかってくれるだろうと思う。実際、すごくおもしろいし、これまで自分が編集を手がけた本の中でもお気に入りの一冊だ。買え！)。<br />
<br />
とにかく、書店で「デリカシー」と「ノンデリカシー」のコーナーがあったら、<br />
確実に「ノンデリカシー」のコーナーの書棚に置かれるような<br />
(めんどくさいからツッコミ不要)この本の編集作業を通して、<br />
私が心底<font size="4"><b>みなさんに残したいと思ったメッセージ</b></font>はたったひとつ。<br />
<br />
<font size="5"><b>みんな、ハメ撮りだけはダメ！ゼッタイ!!</b></font><br />
<br />
あれだけ苦労したのに死ぬほどうすっぺらいメッセージしか残せなかったが、<br />
これはでも本当に、マジで守ってほしい。<br />
<br />
誌面では、ファイル共有ソフトがウイルスに感染していたため、<br />
彼女や浮気相手とのファックシーンを撮影した画像や動画が<br />
丸ごと流出してしまったカップルを紹介しているのだが、<br />
<br />
心あるネットユーザーのたゆまぬ努力の甲斐あって、<br />
その男女の<font size="4"><b>実名や住所、勤務地が探り当てられたり、</b></font><br />
職場に電話をかけられたり、果ては実家に押しかけて<br />
写真まで撮られたりしておるのですよ。<br />
<br />
恨みつらみのまったくない、あまつさえ面識すらない<br />
一般人の素人カップルに対して、<br />
<font size="4"><b>「なに？　あんたらゾルゲ？」</b></font><br />
というほどの諜報能力を結集して素性を晒してやろうという、<br />
ネットユーザーのその由来不明の執着心に、<br />
身の毛がよだつを通り越して、<br />
<font size="4"><b>“身そのもの”がよだつ</b></font>のである。<br />
<br />
で、そのトロピカルなマンゴーを流出させちゃった<br />
女っていうのがまた、そこそこかわいいんだ。<br />
<br />
<font size="5"><b>…ね。</b></font><br />
<br />
いや、なにが｢ね｣なのかと思うだろうが、<br />
結局そういうことなんですよ。<br />
<br />
つまり、「俺らよりステータスが上でリアルが充実した人間が、<br />
かわいい彼女とこんなことしてる……<font size="4"><b>ざまあみやがれ</b></font>」<br />
という露骨なルサンチマンを、なんの臆面もなく<br />
暴発させていいってことになってるのが、<br />
炎上や祭りに群がるネット連中の下衆なところだと思うわけ。<br />
<br />
不謹慎な発言したとか、非道徳的なこと書いたとか、反社会的なことしたとか、<br />
確かにブログでうかつに書くほうも書くほうだとは思うし、<br />
日記を読まれたりメールを読まれたり手紙を読まれたりするにつけても、<br />
人は言わなくていいことを<font size="4"><b>わざわざ言葉にしてしまいがち</b></font>な存在であって、<br />
人の不幸とは、<font size="5"><b>「文字にしてしまう不幸」</b></font>のことである、とすら思っている私だ。<br />
文字さえ書かなければ、人類に訪れる不幸のレパートリーはかなり少なかったはずだ。<br />
<br />
だけどね、だけどさ。<br />
<br />
とにもかくにも、なにがなんでも、<br />
<font size="4"><b>「なんかうまいことやってるヤツがいるから足を引っ張ってやれ」</b></font><br />
というのが、ホリエモン以降、日本人の気分を動かしている<br />
原動力になっているような気がして仕方がない私であって、<br />
そのはしたなさ節度のなさデリカシーのなさは、ちょっと異常だよ。<br />
<br />
人間にホンネとタテマエがあること自体はまったく悪いことではないが、<br />
日本人は<font size="4"><b>その落差がちょっとえげつなさすぎる</b></font>と思う。<br />
タテマエの壁が高すぎるし、ホンネの底が深すぎる。<br />
身元を明かして、面と向かって言えないようなことは書くべきでないと私は思うが、<br />
逆に言えば、身元を明かして、面と向かってさえいれば、<font size="4"><b>ほとんど何でも言っていい</b></font>とも思っている。<br />
<br />
<font size="5"><b>陰でコソコソするのが一番よくない。</b></font><br />
<br />
…って、なんか、さんざん書いておきながら<br />
ものすごく凡庸な結論になってしまったけれど、<br />
実はそれが一番難しいのではないかとも思うのだった。<br />
でも、一度流出しちゃうと取り返しがつかないので、<br />
<font size="5"><b>ハメ撮りだけはホント、やめたほうがいい</b></font>です。]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>第18回　「窮鼠、猫を噛むとは限らない」</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid18.html" />
		<id>http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid18.html</id>
		<issued>2009-06-04T10:00:00+09:00</issued>
		<modified>2009-06-04T01:00:00Z</modified>
		<summary>第18回　窮鼠、猫を噛むとは限らないまたか。と思わんでほしいのです。先立つ不幸を許してほしいのです。私はね、なにもお年寄りの目に優しい...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>デリカシーには貸しがある</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong>第18回　窮鼠、猫を噛むとは限らない</strong><br />
<br />
<font size="6"><br />
またか。<br />
</font><br />
<br />
<font size="5"><br />
と思わんでほしいのです。<br />
<img src="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/img/img8_CIMG0449.JPG" class="pict" alt="先立つ不幸" title="先立つ不幸" width="300" /><br />
先立つ不幸を許してほしいのです。<br />
<br />
私はね、なにもお年寄りの目に優しいコラムが書きたくて、<br />
こんなでかいフォントでお届けしているわけではないのです。<br />
<img src="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/img/img9_CIMG1215.JPG" class="pict" alt="やりたいことしたい" title="やりたいことしたい" width="300" /><br />
やりたくてやっているわけではないのです。<br />
<br />
わずか3週間のときを経て、<br />
またしてもエマージェンシーレイアウトが<br />
お目見えするとは、私だって不本意なのです。<br />
<br />
でも、すまん、お手上げだ。<br />
<img src="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/img/img10_CIMG1413.JPG" class="pict" alt="お手上げ" title="お手上げ" height="300" /><br />
<br />
先週辺りからほとんど家に帰っていない。<br />
週末の『SEVEN HOUSE』の撮影も、<br />
出番と出番の間に仕事をしていた。<br />
<img src="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/img/img11_CIMG2328.JPG" class="pict" alt="出番の合間" title="出番の合間" width="300" /><br />
もう何が補欠なんだかさっぱりわからない状況である。<br />
<br />
正直、胃が痛い。<br />
<img src="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/img/img12_CIMG1956.JPG" class="pict" alt="痛い車" title="痛い車" width="300" /><br />
痛車よりも痛い。<br />
いつもの私が<br />
<img src="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/img/img13_CIMG2057.JPG" class="pict" alt="アゲアゲ" title="アゲアゲ" width="300" /><br />
こんな感じだとしたら、<br />
今の私は確実に<br />
<img src="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/img/img14_CIMG2081.JPG" class="pict" alt="サゲサゲ" title="サゲサゲ" width="300" /><br />
こんな感じだ。<br />
むしろ、<br />
<img src="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/img/img15_CIMG0453.JPG" class="pict" alt="最低のケーキ" title="最低のケーキ" width="300" /><br />
こんな感じだと言ってもいい。<br />
いや、いっそ<br />
<img src="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/img/img16_CIMG1464.JPG" class="pict" alt="消し炭" title="消し炭" width="300" /><br />
こんな感じかもしれない。<br />
<br />
こんなエマージェンシーな状況は、<br />
年に何回も来るもんじゃない。<br />
今のこの私の気持ちを、持ち得る文才をフルに使い、<br />
筆舌を尽くして文学的に表現するとしたら、<br />
<font size="6">「マジ勘弁」</font><br />
である。これが今の私の限界なのである。<br />
<br />
だから、今回ばかりはちょっと見逃してくれんだろうか。<br />
「くせ者か!?」と言われたら、「チュー」と鳴き返しますんで、<br />
そしたら「なんだ、ネズミか…」つってスルーしてもらえないでしょうか。<br />
<br />
今の私は、袋小路に追い詰められて、<br />
チューチュー断末魔をあげるハダカデバネズミです。<br />
「窮鼠、猫を噛む」で言うところの、窮鼠です。<br />
<br />
いつか華麗に猫を噛む日を夢見てはいますが、<br />
噛み合わせが悪かったり、<br />
<font size="6">うっかり自分の舌を噛んでしまっても、</font><br />
それはそれで手打ちにしてください。<br />
<br />
問題は、来週になったら復活しているかというと、<br />
そんな気がちっともしないことだ。<br />
<br />
それまで、私のことを忘れないでください。<br />
これからしばらく、夜空に流れるほうき星を見つけたら、<br />
それが俺だと思ってください。<br />
<br />
たぶん、生きて帰ってきますから！<br />
</font><br />
<br />
<img src="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/img/img17_CIMG2342.JPG" class="pict" alt="今の俺" title="今の俺" height="200" /><br />
6月4日10時50分、会社にて途方にくれる俺。<br />
<br />
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フォレスト出版<br />もう、うわあああってなるからです。</div><br />
</div>]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>第17回　「うつとマスクとビックリマン」</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid17.html" />
		<id>http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid17.html</id>
		<issued>2009-05-27T11:00:00+09:00</issued>
		<modified>2009-05-27T02:00:00Z</modified>
		<summary>第17回　うつとマスクとビックリマン豚インフルエンザ対策に買ったマスクを、みなさんどこに持て余しているのか、そろそろ白状してほしいので...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>デリカシーには貸しがある</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong>第17回　うつとマスクとビックリマン</strong><br />
<br />
豚インフルエンザ対策に買ったマスクを、<br />
みなさんどこに持て余しているのか、そろそろ白状してほしいのです。<br />
後ろ手に隠しているなら出してほしいのです。<br />
ジャンプしたり、靴の裏を見せてほしいのです。<br />
<br />
だってさあ、あれだけ「品切れ」とか「入荷待ち」とか言ってたクセに、<br />
実際、街を歩いてみると、みんな<font size="4"><b>びっくりするほどマスクをしてない</b></font>のである。<br />
口元、丸出しなのである。<br />
口元丸出しで、ウヘヘヘ…ってよだれ垂らして笑ってるのである。<br />
いや、それは<font size="4"><b>春なので俺がたまたま見た幻</b></font>だったかもしれないが、<br />
せっかく買ったんなら、もっと“普段使い”してこうぜって話なのよ。<br />
<br />
確かに、「今がまさに俺のマスクかけどき」という<br />
ふんぎりがなかなかつかない気持ちもわかる。<br />
<br />
だって、ここ数年のマスクときたら、<br />
医者がオペで使うようなヒダがついていたり、<br />
エッジの利いた<font size="4"><b>「キャシャーン」</b></font>みたいなイカツイものばかりで、<br />
「なんか風邪っぽい」程度の人間が、軽い気持ちで<br />
うかつに使うには<font size="4"><b>“本気すぎる”</b></font>のである。<br />
<br />
「旅館のピンポンで本気になるなよ」とか、<br />
<font size="4"><b>「通夜ぶるまいの寿司、本気で食うなよ」</b></font>とか、<br />
本気になるタイミングを見誤ると、人は恥ずかしいことになるが、<br />
あんまり早い時期から本気マスクをかけて、<br />
ビビリと思われるのは避けたいという<font size="4"><b>チキンレース的な思い</b></font>が、<br />
人々の心の中で未だにわだかまっているのではないか。<br />
<br />
しかも、本来は「予防」のためにするはずのマスクなのに、<br />
むしろマスクを装着している人のほうが「絶賛感染中」みたいな<br />
ビジュアルになってしまうため、周囲から<font size="4"><b>エマージェンシーな目</b></font>で<br />
見られてしまう、という危険性もある。<br />
<br />
しかし、人目を気にしてマスクができないくらいなら、<br />
そもそもなんでマスクなんか買ったんだ、という話である。<br />
する気もないマスクを買い占めるほど、人々は何を恐れたのだろうか。<br />
「豚インフルエンザ」の<font size="4"><b>「豚」</b></font>って部分か。<br />
<br />
たぶん人々が恐れたのは、「新型インフルエンザの蔓延」という、<br />
<font size="4"><b>具体的に何を恐れたらいいのかわからない<br />
漠然とした不安そのもの</b></font>だったと思うのな。<br />
だからそれを、「マスク」という<font size="4"><b>具体的で目に見えるものを<br />
手に入れる</b></font>という簡単な行為に置き換えて、<br />
とりあえずの不安を解消させたのである。<br />
<br />
これってあれな、すごく不謹慎なたとえだけど、<br />
<font size="4"><b>うつの人がリストカット</b></font>するのと似てるよね。<br />
<br />
あれはさ、抱える苦しみの正体が自分でもわからなくて辛いから、<br />
わかりやすくこれだと言える「痛み」の場所が欲しくて切るわけじゃない。<br />
手首切っても、本当に死ぬつもりはないのと同じで、<br />
<font size="4"><b>マスクさえ買ってしまえば、本当に使う必要はない</b></font>のである。<br />
<font size="4"><b>シールさえ抜き取ってしまえば、ビックリマンチョコはもう要らない</b></font>のである。<br />
<br />
つまり、<font size="4"><b>人は必ずしもチョコが食べたくて<br />
ビックリマンチョコを買うわけではない</b></font>ってことだ。<br />
<br />
<font size="5"><b>何かは何かの代償行為。</b></font><br />
欲望の対象がチョコではなくシールにある以上、<br />
本当はビックリマンチョコは<br />
ビックリマンキャラメルでもビックリマン大福でも<br />
<font size="4"><b>ビックリマンマギーブイヨン</b></font>でもよかったのかもしれない。<br />
<br />
しかしそれでは、シールに30円も50円も<br />
払うことの後ろめたさに堪えられないから、<br />
<font size="4"><b>「あのウエハースチョコも、あれはあれでおいしかったよね」</b></font>とか、<br />
<font size="4"><b>「なんだかんだ言って、あのウエハースチョコあってのビックリマンだったよね」</b></font>と人は思うのだ。<br />
否、<font size="5"><b>思おうとする</b></font>のだ。<br />
<br />
だって、そう思わなければ、<br />
<font size="5"><b>自分がそのチョコだったときの虚しさに堪えられない</b></font>からだ。<br />
<br />
こと人間関係においては、<br />
<font size="4"><b>「私はあの人にとって、誰の代償物なのだろう…」</b></font><br />
などと思いつめると死にたくなるので、やめたほうがいいと思う。<br />
<br />
「チョコが好き」「手首切りたい」「マスク買いたい」<br />
その表面的なニーズが、実はいくらでも入れ替え可能なことに<br />
気付いて平気でいられるほど、私たちの日常はまだ磐石じゃない。<br />
<br />
さて、シールを抜かれたビックリマンチョコは<br />
捨てられて社会問題になったが、<br />
買い占められたマスクは今、誰がどうしているのだろうか。<br />
<br />
風呂場の排水溝に詰まっているのだろうか。<br />
下水の片隅に浮いてたりするのだろうか。<br />
そのうち海に流れ込み、<font size="4"><b>海一面を白く多い尽くして<br />
豊かな漁場を荒らしたり</b></font>するのだろうか。<br />
<br />
この際だから、何か全く新しいマスクの使い方を<br />
編み出してみるのもいいかもしれない。<br />
<br />
<b><br />
猿ぐつわの代わりに。<br />
コーヒーフィルターの代わりに。<br />
パーティー時の紙皿・紙コップに。<br />
<font size="4">超極小セクシー下着として。<br />
いっぱいつなげて卒業式で川に流す。</font><br />
ミルクをたっぷり染み込ませて揚げる。<br />
株券として。<br />
<font size="4">カツオだしで煮込んだマスクを鬼の格好で<br />
子どもに投げつける新しい地方の年中行事として。</font><br />
</b><br />
<br />
せっかく買ったのだから、<br />
ぜひ有効に活用していただきたいと思う。]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>第16回　「服を脱ぐようにカラオケを」</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid16.html" />
		<id>http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid16.html</id>
		<issued>2009-05-19T23:00:00+09:00</issued>
		<modified>2009-05-19T14:00:00Z</modified>
		<summary>第16回　服を脱ぐようにカラオケをカラオケは、あられもない。少なからず私のことを知っている人なら、私がこのことをあらゆる場所で何度も何...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>デリカシーには貸しがある</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong>第16回　服を脱ぐようにカラオケを</strong><br />
<br />
<font size="4"><b>カラオケは、あられもない。</b></font><br />
<br />
少なからず私のことを知っている人なら、私がこのことをあらゆる場所で<br />
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も<br />
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、<br />
口を<b>漬けすぎたキムチのように</b>酸っぱくして言い続けているのをご存知だろう。<br />
<br />
「カラオケは、あられもない」は、<br />
<font size="4"><b>「吉野家のテイクアウトのビニール袋は妙に長い」</b></font><br />
<font size="4"><b>「松屋のカレーの味はエッジが利き過ぎている」</b></font><br />
と並んで、私が日頃から声高に吹聴してやまない「３つの主張」のうちのひとつであり、<br />
なぜ３つのうち実に２つが<font size="4"><b>牛丼屋チェーンにまつわる話</b></font>で占められているのかは<br />
この際、不問に付して欲しいのだが、とにかくこの主張は私の中でここ数年揺るがない。<br />
<br />
そもそも、「自分の歌いたい曲」を持っている時点でもう<b>はしたない</b>し、<br />
それを自分が原曲キーで歌えるかどうか知っているのも、<b>しゃらくさい</b>。<br />
下手なら人前で歌うなとも思うが、逆に上手かったら上手かったで、<br />
そこまでに経たであろう「練習していた時間」というものの存在を感じさせて、<br />
それもまた、<b>いたたまれない</b>。<br />
<br />
もうすぐ没後7年になることに追悼の意を表して、<br />
あえてナンシー関っぽい言い方をするならば、カラオケは<br />
「自分はこういう歌を歌うキャラである」というプレゼンではなく、<br />
<font size="4"><b>「自分はこういう歌を歌うキャラだと思われたい人間である」</b></font>という自意識の自己申告だ。<br />
別にそれほどナンシー関っぽくはないし、<br />
没後7年はもちろん何の節目でもないが、<br />
それでもあえて言ってみた。<br />
<br />
生きるとは、とりもなおさず<b>自己申告の連続</b>である。<br />
たとえば、スーパーのレジに並ぶ人の買い物カゴには、<br />
ありとあらゆる欲望の自己申告があふれている。<br />
<br />
私は菓子パンの好きな人間です。<br />
私はコーラスウォーターばかり飲む人間です。<br />
私は今夜のおかずをコロッケにしようとしている人間です。<br />
私は今、家のトイレットペーパーを切らしている人間です。<br />
私はこれから生理がはじまる人間です（しかも多いです）。<br />
私はかかとをなめらかにしたい人間です。<br />
私はさかむけをケアしたい人間です。<br />
私はシートで熱を冷ましたい人間です。<br />
<br />
後半はほとんど<font size="4"><b>小林製薬の商品を買っていただけ</b></font>だが、<br />
ひとたび、そういう目で買い物客を見てみると、<br />
<font size="4"><b>「欲しがり屋さんの欲望ダダ漏れ最前線」</b></font>といった感じで、<br />
なーんかこっちが顔を赤らめたくなる。<br />
<br />
ただのスーパーでさえそうなのだから、薬局！<br />
薬局のレジ係で働いている人なんか、もうどうなっちゃうんだろう。<br />
「うわ、この人、整髪料で<font size="4"><b>毛先を遊ばせたい</b></font>んだ…」とか、<br />
「この人、かみそり負けを気にしてるんだ…」とか、<br />
「あ、<font size="5"><b>膣カンジダ</b></font>なんだ…」とか考えただけで、<br />
毎日がウハウハなのではないだろうか。<br />
そしてこの話、<font size="4"><b>書けば書くほど俺が変態に見えてくる</b></font>が大丈夫だろうか。<br />
<br />
だから言わんこっちゃないのである。<br />
<br />
…って、何が「だから」なのかわからんが、<br />
人はこうして黙って生活しているだけで、<br />
すでに<font size="4"><b>十分すぎるほどの情報量を自己申告してしまう</b></font>生き物である。<br />
その上、何が楽しくてカラオケまでして、<br />
自分の「自己演出のプラン」まで人にバラさなければいけないのか。<br />
<br />
うるさい。<br />
歌のボリュームはともかく、<br />
<font size="5"><b>その自意識がうるさい。</b></font><br />
<br />
だから私は、やむを得ずカラオケで歌わざるを得ないときは、<br />
「たまたま歌ってみたら上手かった」<br />
「歌えるかどうか試しに歌ってみた」<br />
「ネタとしてみんなにウケる持ち曲」<br />
のいずれかのスタンスしか選ばないようにして、<br />
カラオケが「自意識の演出装置」になることを<br />
極力避けるようにしている。<br />
<br />
<br />
…とかなんとか言いつつも、<br />
頼まれもしないのにこんなブログを<br />
いそいそ書き続けている時点で、<br />
私だって、過剰に自己申告をしたがる自意識の<br />
<font size="4"><b>「申告したがり屋さん」</b></font>であることに変わりはなく、<br />
<font size="4"><b>人生という名のカラオケをあられもなく、<br />
高らかに歌い上げている</b></font>人間の一人である。<br />
<br />
そう、大切なのは、そういう「含羞」の感覚だ。<br />
<font size="5"><b>私ごときが、恥ずかしい人間で、すみません。</b></font><br />
みんながそう思っていれば、世の中の<br />
傲慢さの目盛りが１ミリ下がると思う。]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>第15回　「僕のお尻は延暦寺」</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid15.html" />
		<id>http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid15.html</id>
		<issued>2009-05-12T11:00:00+09:00</issued>
		<modified>2009-05-12T02:00:00Z</modified>
		<summary>第15回　僕のお尻は延暦寺久しぶりのエマージェンシーです。字の大きさで、「あ、エマージェンシーだな」と判断してください。とにかく、仕事...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>デリカシーには貸しがある</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong>第15回　僕のお尻は延暦寺</strong><br />
<br />
<font size="5"><br />
久しぶりのエマージェンシーです。<br />
字の大きさで、「あ、エマージェンシーだな」と判断してください。<br />
<br />
とにかく、仕事が思うさまカツカツであって、<br />
そのカツカツっぷりを今、「カーツ大佐」をたとえに使って<br />
表現しようと一瞬だけ思い、すぐに思い直した私であるが、<br />
<br />
辛うじて「カーツ大佐と言わない」という瀬戸際の<br />
ジャッジメントだけは正しく働いたものの、<br />
放っておくとすぐにそういう安易な、<br />
<br />
相武紗希で「おサキにどうぞ」みたいな(警視庁交通安全週間のポスター)、<br />
吉岡美穂で「かけてみほ？」みたいな(アートネイチャーかなんかのCM)、<br />
多部未華子で「食べてみかこ？」みたいな(そんなCMはない)、<br />
<br />
きわめてコンビニ感覚の、温度のひくーい<br />
ダジャレに逃げ込みたくなってしまうほどに、<br />
私は今、キワッキワに追い詰められている。<br />
<br />
それはもちろん、今週終えるべき仕事が<br />
まだ全然終わっていないからだし、<br />
徹夜したくせにそのぶん明け方寝てしまって<br />
プラマイゼロで焦っているからで、<br />
<br />
こうしてキーパンチしている間も私の表情は<br />
ダチョウ倶楽部の竜ちゃんのように涙目だし、<br />
キーパンチしている手も実際は猫パンチのように頼りなく、<br />
状況はほとほとパニックだ。<br />
ワニワニパニックだ。<br />
<br />
……いや、ワニワニパニックじゃないよ。<br />
それくらいの客観性はあるよ。<br />
<br />
危機一髪って言葉があるでしょ。<br />
ないもの。<br />
俺と危機との間に、もはや<br />
髪の毛一本ぶんのゆとりすらないもの。<br />
危機剃髪ですよ。<br />
<br />
今の俺に比べたら、黒ひげなんて<br />
全然危機一髪じゃないからね。<br />
なんなら代わってほしいよ、黒ひげと。<br />
樽にはまってビクビクしてればいいんでしょ？<br />
やるよ、やりたいよそんな牧歌的なリアクション芸ならむしろ。<br />
<br />
こちとらさあ、尻に火がついてるのよ。<br />
尻がボボボーボ・ボーボボなのよ。<br />
俺のお尻に延暦寺あった？くらいの<br />
ちょっとした焼き討ち状態だから、今。<br />
尻に住まう僧兵たちがso hey!つって踊ってますから。<br />
踊り狂ってワニワニパニックになってますから。<br />
<br />
だから、ワニワニパニックではないよ。<br />
<br />
少なくともパニックではないよ。<br />
<br />
ワニワニだよ。<br />
<br />
<br />
……今、「そっちかよ！」ってツッコんでくれた<br />
人がいたら、俺、100歳まで長生き。<br />
</font><br />
<br />
<br />
ごめん、今週はこれで勘弁してくれ。<br />
だからといって来週はもっとワニワニパニックに<br />
なっている可能性もあり、予断は許さない。<br />
…ああ、もっとまんべんなく生きてぇよう。]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>第14回　「ゴッサムシティ鎌倉」</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid14.html" />
		<id>http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid14.html</id>
		<issued>2009-05-05T12:00:00+09:00</issued>
		<modified>2009-05-05T03:00:00Z</modified>
		<summary>第14回　ゴッサムシティ鎌倉行楽シーズンの鎌倉ほど、人をマゾヒスティックな気持ちにさせるものはないと、今回はいきなりそんな出だしから入...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>デリカシーには貸しがある</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong>第14回　ゴッサムシティ鎌倉</strong><br />
<br />
<font size="4"><b>行楽シーズンの鎌倉ほど、人をマゾヒスティックな気持ちにさせるものはない</b></font>と、<br />
今回はいきなりそんな出だしから入りたいと思うわけだが、<br />
<br />
というのも、私は生まれも育ちも鎌倉で、<br />
といっても、緑に囲まれ寺社が立ち並び眼前に海が広がる、<br />
そんな万人が想像するような鎌倉の中心部ではなく、<br />
<br />
その北部におまけのようにくっついている、<br />
大船というベッドタウンに実家はあるんだけど、<br />
<br />
人に説明するとき「実家は大船です」と言っても<br />
「ああ、松竹の撮影所があったところね。寅さんの撮影してたんでしょ？」<br />
などと物分かりのいい認知の仕方をしてくれる邦画シネフィルはまずいないし、<br />
<br />
もちろん「昔、<font size="4"><b>鎌倉シネマワールドって微妙なテーマパーク</b></font>があったよね」などと、<br />
<font size="4"><b>松竹の古傷をほじくり返すような</b></font>マニアックなことを知っている者も皆無であって、<br />
<br />
ましてや「大船って…あの<font size="4"><b>アメリカザリガニが日本で最初に<br />
持ち込まれた場所？</b></font>」などと言ってくれる友達もいないわけであって、<br />
むしろそんな<font size="4"><b>アタック25の解答者みたいな</b></font>友達がいたら嫌だということもあり、<br />
<br />
たいていの人が「ああ…大船ね……」と言って目を泳がせたまま、<br />
途方に暮れて気まずいマジックアワーが訪れるのは面倒だし申し訳ないので、<br />
<br />
そういうときは「実家は鎌倉です」といけしゃあしゃあと答えるようにしているものの、<br />
それで「ああ、鎌倉ですか！　いいところに住んでますねえ」などと<br />
いいリアクションを返されると、それはそれでうしろめたい…という<br />
大変に屈折した感情を、鎌倉中心部に対して抱くのが<font size="4"><b>「大船住民あるある」</b></font>なのだが、<br />
<br />
そんな大船住民である私も、小中学生時代は鎌倉中心部まで毎日通学しており、<br />
平素から修学旅行生やお年寄りたちが猛威を振るっている現状を知っていたし、<br />
土日ともなれば、それこそ都心からの日帰り観光客で<br />
町がひしめき合って地元住民は身動きが取れず、<br />
子供ながらに<font size="4"><b>「こんなとこ住むとこじゃねえな」</b></font>と同情していたのだが、<br />
<br />
怖いですね、恐ろしいですね、<br />
東京暮らしが長くなると人の心まで変わってしまうんですね、<br />
と、<font size="4"><b>なぜかここだけ稲川淳二の口調だが、</b></font><br />
<br />
そんな鎌倉の住民感情をすっかり忘れて完全に第三者の行楽客の立場で、<br />
こともあろうにゴールデンウイークに、臆面もなくおめおめと、ぬけぬけと、のうのうと、<br />
鎌倉へのこのこ出かけてしまった私であって、<br />
<br />
そうして行ってみてたどり着いた結論は、<br />
<font size="4"><b>「みんな鎌倉に行きすぎじゃないだろうか」</b></font>という、<br />
お前これだけ句点（ 。 ）もなしに話を引っ張ってきておいて<br />
それかよ、みたいな素朴なことになってしまうわけですが、<br />
<br />
だってさ、だってね、<br />
鎌倉駅から江ノ電に乗るだけで、<br />
ただ乗ろうとしただけで、<br />
<font size="5"><b>「一時間待ち」</b></font><br />
って言われたんすよ！<br />
もう信じられないわけですよ、こちとら。<br />
<br />
信じられないついでに、句点を打っちゃったんでね。<br />
もうここから先は、<font size="4"><b>これまで句点を節約してきたぶんまで。</b></font><br />
むやみに。やたらと。句点を打っていこう。と、そう。思って。ますけれども。<br />
なんなら。一度に2個も。。3個も。。。句点を。。。。打って。。。。。い。。。。。。け。ば。<br />
いいと思って。。。。。。。。。。。。いますけれ。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。ども。<br />
<br />
とにかく、江ノ電なんてね、たかが公共交通機関なんですよ。<br />
地元住民も使う、ただの生活の足なんです。<br />
<font size="4"><b>ビッグサンダーマウンテンじゃないんです。</b></font><br />
いや、トロッコみたいな車両が、民家スレスレを通っていく<br />
あのジオラマ感は、確かにアトラクションぽいっちゃあ、ぽいが、<br />
乗るだけで一時間待ちは、どう考えても異常だ。<br />
<br />
いや、実際、鎌倉を訪れる観光客の大半は、<br />
<font size="4"><b>鎌倉をディズニーランドか何かと混同している</b></font>のかも知れない。<br />
<br />
都心からさほど離れておらず、とはいえそれなりに電車を乗り継いで行く<br />
そこそこの「おでかけ感」を味わうことができる距離にあって、<br />
「古都」という一定のコンセプトを守ったさほど広くない箱庭的空間の中で、<br />
寺社や仏像、和食や和菓子、海、カフェといったわかりやすい記号に取り囲まれて、<br />
日常とはちょっと違うスピリチュアルやロハスのごっこ遊びが楽しめる。<br />
<br />
鎌倉は、ミッキーマウスの代わりに<font size="4"><b>坊さんとサーファーがパレードする、</b></font><br />
スローライフ界のディズニーランドなのだ。<br />
<br />
本物のディズニーランドと違うのは、スタッフと客との境界線がズルズルなこと。<br />
おそらく、若い観光客で鎌倉に憧れを抱くのは、緑に囲まれた一軒家で、<br />
採算とかをあんまり考えずにこだわりのコーヒーやらベーカリーを出す<br />
カフェを営んで地元のマダムに愛されたいみたいな、そういう人たちだ。<br />
<br />
そして、実際にそういう人たちが脱サラして鎌倉に家を買ってカフェを始めている、<br />
鎌倉には最近、そんな店が本当に多い。<br />
<br />
インディーズバンドとそのファンのような、<br />
ハロプロのアイドルに熱狂していたかつての小学生女子のような、<br />
「私にも手が届くかも知れない」等身大の幸せの形が、そこにはある。<br />
<br />
<font size="5"><b>京都が商業誌のジャンプなら、鎌倉はコミケの同人誌。</b></font><br />
そして、同人誌で固定ファンにだけ愛されていればいいという<br />
生き方を選択する人が、今は多いのだと思う。<br />
<br />
思いがけずシリアスな話になってしまったが、<br />
鎌倉が思いのほかいつまでも飽きられずに、<br />
観光地としてのリノベーションに成功しているのは、<br />
そういう人々の欲望抜きには考えられないなあと思ったのだった。<br />
<br />
で、そういう人が<font size="4"><b>消えていなくなれば、</b></font><br />
鎌倉ももう少しのんびりした観光地になるんだろうけど。]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>第13回　「酔ってパンツの緒を締めよ」</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid13.html" />
		<id>http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid13.html</id>
		<issued>2009-04-28T18:00:00+09:00</issued>
		<modified>2009-04-28T09:00:00Z</modified>
		<summary>第13回　酔ってパンツの緒を締めよ酔って粗相をしたことがない、なんて清廉潔白なことは口が裂けても言えない身分であって、浴びるほど酒を飲...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>デリカシーには貸しがある</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong>第13回　酔ってパンツの緒を締めよ</strong><br />
<br />
酔って粗相をしたことがない、なんて<br />
清廉潔白なことは口が裂けても言えない身分であって、<br />
<br />
浴びるほど酒を飲んだ日は、<br />
ときにセクハラに及んで女性を押し倒したり、<br />
部屋の壁に携帯電話を投げつけて穴を空けたり、<br />
自暴自棄になってコンビニの袋を振り回したら<br />
見知らぬマンションの茂みに<font size="4"><b>ちぎれたカレーパンが<br />
吹っ飛んでいって行方不明に</b></font>なったり、<br />
いろいろあった。<br />
<br />
セックス＆バイオレンス。<font size="4"><b>あと、なんか…エスニック</b></font>（カレーパンだから）。<br />
<br />
よくわからんが、そういう私の日頃のキャラクターからは<br />
似つかわしくない<font size="4"><b>オス</b></font>な一面が、酔ったときだけ<br />
ムクムクと頭をもたげて立ち現われてくるのであって、<br />
<br />
それが私の押さえつけていた本性なのか？と問われたら、<br />
「本性なのだ」と答えるしかないのかもしれず、<br />
だからって人間はそうやすやすと本性を見せてよろしい<br />
ということには、なっていないのが現状だ。<br />
<br />
<font size="4"><b>そう、厄介なのは「本性」である。</b></font><br />
<br />
小さい頃から、「人様には素直に、正直に生きなさい」と教育されている割に、<br />
我々は「本性」を見せると怒られてしまう理不尽な存在なのである。<br />
<br />
いや、そりゃあ私も大人ですよ。<br />
そうそうめったやたらと「本性」を<br />
ズルムケにして生きていいとは思ってないよ。<br />
思っていても言わない、考えていてもやらないのが<br />
<font size="4"><b>分別ある大人のデリカシーである</b></font>と、歯をくいしばって理解はしている。<br />
<br />
だとしたら、なぜに世間はこんなにも<font size="4"><b>酒に対して寛容で野放し</b></font>なのか。<br />
あまつさえ、<font size="4"><b>飲めない奴はつまんねえみたいな空気をバンバン出してくる</b></font>のか。<br />
そこら辺、納得のいく説明が欲しい私がいるわけですよ。<br />
<br />
酒といったらあなた、本性のリミッターを解除する格好のトリガーじゃないですか。<br />
<font size="4"><b>心の鍵を開けるピッキング犯</b></font>みたいなもんじゃないですか。<br />
<b><font size="4">心のスキマをお埋めする</font><font size="5">ドーーーン！</font></b>みたいなもんじゃないですか。<br />
<br />
そりゃもう、精神に与える影響、常習性、依存性は明らかであって、<br />
「アル中」なんて、一見<font size="4"><b>「お前、どこ中？」</b></font>みたいなフランクな響きを装っておきながら、<br />
実際は中学生のようなかわいげなど微塵もなく、そのタチの悪さは大麻以上だとも聞く。<br />
<br />
世間は、そんな悪魔の妙薬を「大人の嗜みだろ」みたいにグイグイ勧めておきながら、<br />
いざ酒で粗相をしでかすと「大人としてなってない」と、<br />
<font size="4"><b>人を崖っぷちに追い詰める片平なぎさ</b></font>のような仕打ちをしてくる。<br />
<br />
<font size="4"><b>なんなの？</b></font><br />
「世間」って<font size="5"><b>「鬼」の別名？</b></font><br />
<font size="4"><b>自分からホテルに誘っておきながら、バレたら「ムリヤリ押し倒されたの」っていう女？</b></font><br />
<br />
もちろん「節度ある酒量を自己管理するのが大人でしょ」という言い分なのはわかるが、<br />
酒という強力な依存性薬物を相手にして、<br />
それはデリカシーの要求水準が高すぎるのではないだろうか。<br />
それってなんか、<font size="4"><b>「落とすための面接」</b></font>みたいな、<br />
<font size="5"><b>ムチを打ちたいがためにアメを与えてる</b></font>感じがしません？<br />
<br />
少なくとも、酔った上での粗相は、<br />
「やらかしてしまったこと」を罪に問うのではなく、<br />
「自分が本性を露呈してしまう酒量のラインを<br />
管理できなかった管理責任」だけを問うべきだと思う。<br />
<br />
それに、この世から本気でアルコールの害毒をなくしたいのなら、<br />
<font size="4"><b>「お酒、カッコ悪い。」</b></font>とか、<font size="4"><b>「ダメ、セッタイ。」</b></font>とか、<br />
<font size="4"><b>「泥酔は、犯罪です。」</b></font>とか呼びかければいいんだよ。<br />
なぜ、酒を大麻並みに厳しく規制しないのか。<br />
<br />
それができないのなら、大麻を酒並みに合法にすればいいのだ。<br />
<font size="4"><b>…いや、ごめん。それは違う。言い過ぎた。</b></font><br />
よ、要するに、咽喉に詰まらせる危険性は同じなのに、<br />
<font size="5"><b>なぜ餅は許され、こんにゃくゼリーは製造中止になるのか</b></font>という話だ。<br />
<br />
餅とこんにゃくゼリーとを遠く隔てる、<br />
<font size="4"><b>「事情」</b></font>という名の深くて暗いイムジン河。<br />
その「事情」に、言い知れぬ欺瞞を感じてしまう私は、<br />
<font size="4"><b>「王様は裸だ」と臆面なく口にしてしまう子供</b></font>なのでしょうか。<br />
<font size="4"><b>「裸だったら何が悪い」と夜空に叫んだチョナンカン</b></font>なのでしょうか。<br />
<br />
<b>――答えはすべて、草なぎ君の脱いだウエストポーチの中に入っている。</b><br />
<br />
そんな<font size="4"><b>夢のある話だったら、いいのにな。</b></font>]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>第12回　「結婚とその他の風習」</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid12.html" />
		<id>http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid12.html</id>
		<issued>2009-04-21T18:00:00+09:00</issued>
		<modified>2009-04-21T09:00:00Z</modified>
		<summary>第12回　結婚とその他の風習先日、大学時代からの友人の結婚式に出席してきたのね。彼女と交際相手との波乱万丈な紆余曲折については、それだ...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>デリカシーには貸しがある</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong>第12回　結婚とその他の風習</strong><br />
<br />
先日、大学時代からの友人の結婚式に出席してきたのね。<br />
<br />
彼女と交際相手との波乱万丈な紆余曲折については、<br />
それだけでケータイ小説が1冊書けるほどに、<br />
そして危機管理術のビジネス書が書けるほどに、<br />
もしくは<font size="4"><b>『龍が如く』を1日で攻略できる</b></font>ほどに、<br />
<font size="4"><b>スリリングでアクロバティックな</b></font>エピソードが満載なのだが、<br />
前途ある2人の門出のためにここでは割愛しておくことにする。<br />
<br />
ともかく、あんな話もこんな話も知っている私にとっては、<br />
無事に結婚までこぎつけた2人の姿は感無量であって、<br />
そして、そんな温情点を差し引いても、掛け値なしにいい結婚式だった。<br />
<br />
いい結婚式の条件とは何か。<br />
それは、「自分たちが浮かれていることを自覚した上で、<br />
<font size="4"><b>わざと浮かれてみせるという客観性があるかどうか</b></font>」ではないだろうか。<br />
<br />
誓いのキス、ケーキ入刀、ファーストバイト、お色直し、2人の馴れ初めVTR、キャンドルサービス…。<br />
<br />
結婚式には、幸せに浮かれた2人を手放しで肯定するような<br />
ベタなイベントがふんだんにちりばめられているが、<br />
これらは、来てくれた招待客をおもてなしするための「エンターテインメント」であって、<br />
「幸せな2人」をパフォーマンスとして演出しているのだという自覚の下に行なわれるべきだと思う。<br />
<br />
つまり、猿回しの猿が死んだフリをしたり、<br />
ジャングルクルーズで滝に巻き込まれそうになったり、<br />
<font size="4"><b>上島竜兵が「押すなよ！押すなよ！」つって熱湯風呂に落とされる</b></font>のと<br />
基本的には一緒であって、このときの「ベタ」は、<br />
わかりやすくするための手法としての「ベタ」じゃないすか。<br />
<br />
それなのに、世の夫婦の多くはその「ベタ」を「ガチ」だと思い込み、<br />
本気で浮かれてロマンチック空間に没入してしまいがちで、<br />
残念なことに、そういう結婚式は実に多い。<br />
<br />
私たちは、熱湯風呂に落とされるのが「おいしい」とわかってるくせに、<br />
それでも「押すなよ！」つってる竜ちゃんがおもしろいのであって、<br />
<font size="4"><b>熱湯風呂に入るのを本気で嫌がっている</b></font>竜ちゃんなんて、見ていてつらいだけなのである。<br />
<br />
自分のしていることに疑いを持たず、<br />
客観性や批判性を失い、手放しで肯定される場所。<br />
そこには得てして、「恥」や「間抜け」が忍び込む。<br />
<br />
先日の結婚式を私が「いい結婚式」だと思ったのは、<br />
結婚誓約もファーストバイトもお色直しもキャンドルサービスも、<br />
友人がやるとなぜか<font size="4"><b>「そういうプレイをしている」</b></font>ようにしか見えず、<br />
<font size="4"><b>「こういうことを本気でしている私って、おもしろいでしょ？」</b></font><br />
と彼女が言っているように見えたからだ。<br />
<br />
<font size="5"><b>わかっていて、あえてそういう風に振る舞ってみせるということ。</b></font><br />
<br />
結婚に限らず、今、すべての表現活動には<br />
そういう自覚と客観性がなければお話にならないと思う。<br />
<br />
スターとしてトウが立ち、芸能界から干されかけていたとき、<br />
にしきのあきらは、あえて「スターにしきの」と名乗り、<br />
セルフパロディを受け入れることでバラエティ番組から引っ張りだこになったが、<br />
スターとして手放しで肯定されることに固執した<br />
田原俊彦は、テレビからフェードアウトした。<br />
<br />
<font size="5"><b>にしきのは生き、田原俊彦は死ぬ。</b></font><br />
現代は、そういう時代である。<br />
<br />
そういう意味では、無理だとわかっていてあえて<br />
「生涯添い遂げる」「浮気はしない」といった契約を結ぶ<br />
結婚というシステム自体が、私にはすごくファンタジックな<br />
コスチュームプレイをしているように見えて仕方がないんだけど。<br />
<br />
なぜか結婚に関してだけは、みんな<br />
<font size="4"><b>自分は「田原俊彦」でいられる</b></font><br />
と思ってるんだよなあ。<br />
<br />
「わかっていて、あえてそういう風に振る舞ってみせるということ」<br />
だと割り切って、それでもそのプレイを楽しめる人がいたら、<br />
私はそういう人と結婚しようと思う。]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>第11回　「ブスが街から消えるとき」</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid11.html" />
		<id>http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid11.html</id>
		<issued>2009-04-14T10:00:00+09:00</issued>
		<modified>2009-04-14T01:00:00Z</modified>
		<summary>第11回　ブスが街から消えるときこのところ女々しい話題が続いたので、久々にオスっぽいことを書いてもいいだろうか。最近、街からブスが消え...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>デリカシーには貸しがある</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong>第11回　ブスが街から消えるとき</strong><br />
<br />
このところ女々しい話題が続いたので、<br />
久々にオスっぽいことを書いてもいいだろうか。<br />
<br />
最近、街からブスが消えたような気がする。<br />
<br />
それでも昔は、道行けばここにも、ああここにも…と、<br />
<font size="4"><b>金曜の夜に駅のホームでオガクズが撒かれている</b></font>のと<br />
同じくらい必然的な確率で、街にはブスがいた。<br />
<br />
休み時間に光化学スモッグ注意報が出されて<br />
外で遊べなくなり、「あーあ…」とがっかりするのと<br />
同じくらい的確な頻度で、街にはブスがいた。<br />
<br />
それが今ではどうだろう。<br />
<br />
みんながみんな、そこそこそれなりに<br />
ほどほどの「美人度」をキープしていて、<br />
<br />
思わずぎょっとするような、<br />
思わず「ぎょっ」と口に出してのけぞって<br />
<font size="4"><b>うっかり頚椎を痛める</b></font>ようなブスは、<br />
とんとお目にかけないといっても過言ではない。<br />
<br />
とはいえ、人類学的に考えても、<br />
そう簡単に美人の頭数が増えるとは思えない。<br />
だとすれば答えはひとつ。<br />
美人が増えたのではなく、国民の<br />
メイク技術の水準が格段に上がったのだ。<br />
<br />
廉価でも充実したコスメグッズが誰にでも手に入り、<br />
氾濫する女性誌のおかげで、<br />
全国どこにいても美の統一規格を教育され、<br />
「顔の正答例」を答え合わせできるようになった今、<br />
<font size="4"><b>あえて「間違う」ことのほうが難しくなっている</b></font>のである。<br />
<br />
つまり、こと「顔」において女性は、<br />
<font size="5"><b>よくしつけられた幕府の犬</b></font>なのである。<br />
<br />
もうひとつ、「顔」とは別に「プロポーション」の問題もある。<br />
<br />
去年の夏、私がつとに感じたのは<br />
「生足を大胆に露出する女性の増加」だった。<br />
<br />
しかも、その出す生足出す生足がみな、<br />
ししゃものようにほっそりとしたモデル並みの脚ばかりであって、<br />
<font size="4"><b>モビルアーマー然とした</b></font>ごんぶとな脚は、ついぞお見かけしなかった。<br />
<br />
とはいえ、いくら食生活が欧米化したからといって、<br />
小学生に「好きな食べ物は？」と聞けば、いまだに<br />
寿司が1位とか2位に食い込んでくる現状にあって、<br />
<br />
森理世さんをミス・ユニバースとして受け入れることに<br />
<font size="4"><b>一瞬、青汁を飲むときのような覚悟がいる</b></font>ほどに、<br />
我々は<font size="5">身も心もズブのアジア人</font>だ。<br />
<br />
そんなアジアアジアした日本女性が、<br />
突如として全員スタイルがよくなるわけがない。<br />
<br />
つまり、<font size="4"><b>「出してもいい人」しか生足を出していない</b></font>のである。<br />
<br />
「出していい」足の持ち主は、自分の足が<br />
「出していい」ことをちゃんとわかって出しており、<br />
そうじゃない人は、自分が「出していい」足でないことを<br />
自覚して、<font size="4"><b>ちゃんとしまっている</b></font>ということになる。<br />
<br />
「見られる」そして「見せる」ということに<br />
どんだけ成熟してしまったんでしょうか、現代の日本人女性は。<br />
という話だ。<br />
<br />
もちろん、街に美人があふれ、<br />
きれいな足だけが目に触れる光景は、<br />
男にとっては願ってもない<font size="4"><b>いらっしゃいませ</b></font><br />
そして<font size="4"><b>いただきます</b></font>という状況だ。<br />
<br />
しかし、「生足を出す／出さない」という、<br />
本来個人の自由であるはずの選択に、<br />
<font size="4"><b>見えないデリカシーのルールブック</b></font>が存在し、<br />
それを無言のうちに誰もが遵守している<br />
社会というのは、いささかうす気味悪くないだろうか。<br />
<br />
自分が「空気読めてない」ことに<br />
怯えて足を出さないというのは、<br />
割と飲み込みやすい従来の日本人って感じがするが、<br />
<br />
自分が「空気読めてる」ことを<br />
きっちり自覚して足を出し、<br />
しかもそれがちゃんと世間の空気と<br />
「一致してる」ってことがすごい。<br />
ていうか恐ろしい。<br />
<br />
末恐ろしい。<br />
<br />
むしろ息苦しい。<br />
<br />
すご末息苦恐ろしい。<br />
<br />
<br />
そう。<font size="5">みんなが空気を読めすぎている社会というのは、息苦しい</font>のである。<br />
<br />
自分が「モビルアーマー」であることに無自覚なまま、<br />
自然薯のような足をスカートから見え隠れさせている<br />
ブスが堂々と街を闊歩していた頃もまた、<br />
<font size="4"><b>おおらかで情緒ある時代</b></font>だったとはいえないだろうか。<br />
<br />
手羽先のようにいびつな、<br />
「世界の山ちゃん」みたいな足を<br />
ズボズボ出してる人を見て、<br />
「あ～あ…」とか思いながら町を歩くことにも、<br />
<font size="4"><b>それはそれで趣があったよな…</b></font><br />
という郷愁にあなたは駆られないだろうか。<br />
<br />
あなたは駆られなくても<br />
高橋は駆られるかもしれない。<br />
<font size="4"><b>室田や富樫ならなおさらだ。</b></font><br />
<br />
陰と陽、ネガとポジ、月とすっぽん、太陽とシスコムーン、<br />
世界は、相反するアンビバレントな要素が渦巻く<br />
カオスを許してこそ、バランスがとれるというものだ。<br />
<br />
要するに、過剰にポジティブなものだけを肯定し、<br />
ノイズを排除してしまう傾向は不健康だし、危険だと言いたいのです。<br />
<br />
それはそれとして、北野誠の謹慎理由が<br />
明らかにされることを切に願います。<br />
<br />
では、今週はこれにてドロンします。]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>第10回　「やらかしません夏までは」</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid10.html" />
		<id>http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid10.html</id>
		<issued>2009-04-07T10:00:00+09:00</issued>
		<modified>2009-04-07T01:00:00Z</modified>
		<summary>第10回　やらかしません夏までは先日乗ったタクシーの運転手がやけに陽気な人で、「小石川の桜並木も、今が見頃のピークですねぇ」などと花見...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>デリカシーには貸しがある</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong>第10回　やらかしません夏までは</strong><br />
<br />
先日乗ったタクシーの運転手がやけに陽気な人で、<br />
「小石川の桜並木も、今が見頃のピークですねぇ」などと<br />
花見に関する他愛もない世間話を交わしていたのだが、<br />
<br />
「昨日もベロベロになっちゃったお客さん乗せて大変でしたよ。<br />
いやあ、不景気なんですから、<font sie="4"><b>浮かれちゃいけませんなあ</b></font>」<br />
<br />
なんて言っていた彼が、降り際の私に<br />
三千円のお釣りを手渡すとき、さも嬉しそうに<br />
<br />
<font size="4"><b>「はい、三万円ね」</b></font><br />
<br />
と、今どき下町の商店街の八百屋でも言わない<br />
シーラカンスのような生きた化石ギャグをぶっぱなしたので、<br />
あの、なんていうか、ものすごく<font size="5"><b>イラッとした</b></font>。<br />
<br />
私も大人なので、「お前が一番浮かれてるよ」という<br />
ツッコミをぐっと飲み込み、振り上げた拳をパーにして<br />
おとなしく三千円を受け取ったが、<br />
<br />
<font size="4"><b>そんなわけで、春はうっとうしい。</b></font><br />
<br />
人がやらかし、そして、しでかす季節。<br />
よせばいいのに、しなくていいことをする季節。<br />
それが、春だ。<br />
<br />
<img src="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/img/img5_CIMG2069.JPG" class="pict" alt="さくら" title="さくら" width="300" /><br />
<br />
うららかな陽射しは、人をおおらかな気分にさせ、<br />
満開の桜は、人の気分をみだりに浮かれさせ、<br />
さらに「外で酒を飲む」という締まりのない行為が、<br />
普段ははずさないハメやタガを、ずるずるに緩ませていく。<br />
<br />
一年中生殖できる代わりに、<br />
決まった発情期というものを失った人間が、<br />
やり場のないリビドーを発散するために、<br />
いわば「つじつま合わせ」として考案したシステム、<br />
それが花見ではないかとすら思う。<br />
<br />
それでも発散しきれずにこじれたモヤモヤが、<br />
<font size="4"><b>夢精</b></font>のように外に漏れ出てしまう例は、枚挙にいとまがない。<br />
<br />
電車でたまたま隣りに座った人が、<br />
<font size="4"><b>ブツブツと異界の言葉をつぶやいている</b></font><br />
パーセンテージが最も高いのも、春である。<br />
<br />
そういえば先日、「丼・定食50円引きキャンペーン」のおかげで、<br />
深夜にもかかわらず近所の吉野家が猛烈に混雑しており、<br />
初老のバイト店員がキャパシティを超えてテンパっていたのだが、<br />
<br />
それを見ていた調理場の若いバイトがしびれを切らして<br />
「もうこっちはいいですから向こう行ってあげてください」<br />
と初老男の肩を押しのけたところ、彼はみるみる機嫌を悪くして、<br />
あからさまに<font size="4"><b>ヤケクソな態度で</b></font>接客を始めたのでびっくりした。<br />
<br />
挙句に、下げた食器をわざとガシャンと音を立てて置くので、<br />
若いバイトからそれをたしなめられると、<br />
「わかったからさあ、君もグイッって押したりすんの、やめてよ」<br />
などと詰め寄り、ちょっとした一触即発の空気になってしまったのである。<br />
<br />
そんなどさくさの中で供された牛丼がうまいわけもなく、<br />
心なしか俺のだけ<font size="4"><b>具の「盛り」が少ないような気もして、</b></font><br />
あの、なんていうか、ものすごく<font size="5"><b>イラッとした</b></font>。<br />
<br />
これも、おっさんの失われた発情期が路頭に迷い、<br />
男子中学生のニキビのように怒りとして噴き出した結果だろう。<br />
いわば私は、<font size="5"><b>おっさんの夢精に付き合わされた</b></font>ようなもんだ。<br />
そう書いたら、途端に気持ち悪くなってきた。<br />
<br />
春先に起こるこうしたトラブルが面倒くさいのは、<br />
「発情」がそもそもポジティブなエネルギーだからだと思う。<br />
<br />
つらいしんどい辞めたい死にたい、<br />
そういうネガティブなモチベーションがやらかすことよりも、<br />
<br />
ハッピー嬉しい楽しい大好き！みたいな、<br />
そういうポジティブな心意気がこじれてやらかしたことのほうが、<br />
事の<font size="4"><b>「やらかし度」</b></font>はより濃密でうっとうしいのではないか。<br />
<br />
それはたとえば、喪中ハガキよりも、<br />
<font size="4"><b>子供の写真入りのアットホームな年賀状</b></font>のほうが、<br />
ときに人を傷付け、イラッとさせるのに似ている。<br />
いや、似てないか。<br />
<br />
<br />
結婚という「いいこと」を報告した水嶋ヒロの会見は、まるで自分が<br />
ドラマの主人公であるかのように妙に芝居がかっていてイラッとしたし、<br />
WBC優勝という「いいこと」があったイチローは、明らかに「イタイ子」だった（しつこい）。<br />
<br />
冒頭のタクシー運転手が、「はい、三万円ね」と、<br />
神話レベルの紀元前ギャグをぶちかましてしまったのも、<br />
娘に子供が生まれたとか、美人のパンチラが見れたとか、<br />
卵を割ったら黄身が2つ入ってたとか、<br />
<font size="4"><b>夢だけど夢じゃなかった</b></font>とか、<br />
何かいいことがあったに違いないのだ。<br />
<br />
ここから得られる教訓は次の2つだ。<br />
<br />
浮かれているときこそ、傍から見て滑稽なことになっていないか注意し、<br />
気を引き締めてやらかさないようにしようということ。<br />
<br />
そして逆に、やらかしている人を見ても、<br />
「ああ、きっと何かいいことがあったんだな」と思い、<br />
むやみに腹を立てずに広い心で受け止めようということ。<br />
<br />
ちなみに私が最近、一番イラッときたのは、<br />
ヤマト運輸の集配のワゴンに<font size="5"><b>「シャア専用」</b></font>と書かれた<br />
赤い箱が積んであったことだ。<br />
<br />
<img src="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/img/img6_20090331171503.jpg" class="pict" alt="シャア_01" title="シャア_01" width="240" height="400" /><br />
<br />
<img src="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/img/img7_20090331171517.jpg" class="pict" alt="シャア_02" title="シャア_02" width="240" height="400" /><br />
<br />
たぶん、彼もさぞかしいいことがあって<br />
（佐川急便の女子社員と付き合いはじめたとか）、<br />
それでただ浮かれてしまっただけなんだ。<br />
きっとそうだ、うんうん。<br />
と思い、私は溜飲を下げることにしたのだった。]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>第09回　「壊れかけのゲシュタルト」</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid9.html" />
		<id>http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid9.html</id>
		<issued>2009-03-31T12:00:00+09:00</issued>
		<modified>2009-03-31T03:00:00Z</modified>
		<summary>第09回　壊れかけのゲシュタルトあなたが何か本を読んでいるとするでしょ。話をわかりやすく具体的にするために、ここでは仮に押切もえの『モ...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>デリカシーには貸しがある</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong>第09回　壊れかけのゲシュタルト</strong><br />
<br />
あなたが何か本を読んでいるとするでしょ。<br />
<br />
話をわかりやすく具体的にするために、ここでは仮に<br />
<b>押切もえの『モデル失格』</b>を読んでいる、ということにしましょうよ。<br />
もしどうしても嫌な人は、<b>勝間和代の『断る力』</b>でもいいですよ。<br />
<br />
で、その中にたとえば<font size=4><b>「勃起」</b></font>という言葉が出てきたとして、<br />
<br />
「勃起に必要なのは、まず第一に人脈です」<br />
「弱火で両面がこんがりときつね色になるまで勃起し…」<br />
「農民たちは地主の圧制に対して一斉に勃起を起こしました」<br />
「衣笠茸とよく似た形状を持つ小型の勃起茸は神経性の猛毒を持ち…」<br />
「新自由主義的な米国型資本主義の勃起型経済構造においては…」<br />
「5コマ漫画の展開は勃起承転結が基本です」<br />
<br />
といった風に、同じ言葉が何度も何度も繰り返し出てくると、<br />
不意に<font size="4"><b>「あれ、“勃起”って本当にこんな字だったっけ？」</b></font>と<br />
妙に違和感を覚えることがあるじゃないですか。<br />
<br />
これを認知心理学の用語で「ゲシュタルト崩壊」と言うらしいんだけど、<br />
そしておそらく『モデル失格』にも『断る力』にも<br />
「勃起」という言葉は1回も出てこないと思うけど、<br />
この現象は、身の回りでかなり頻繁に起きていると思うわけよ。<br />
<br />
たとえば、今うちの部屋にはあだち充の『ラフ』がベッドの脇で全巻<br />
平積みになっているんだけど、これを気分が落ちているときにじっと見てると、<br />
<br />
<font size="5"><br />
ララララララララララ<br />
フフフフフフフフフフ<br />
</font><br />
<br />
という文字列がゲシュタルト崩壊を起こして<br />
<br />
<font size="5"><br />
う う う う う う う う う う<br />
つつつつつつつつつつ<br />
</font><br />
と見えるのな。<br />
人が落ちてるときに、あんまりな追い討ちなのである。<br />
<br />
<font size="5">「癌」</font>という字もずっと見ているとゲシュタルトが<br />
崩れて<font size="4"><b>「ダースベーダーの顔」</b></font>に見えてくるし、<br />
「マリリン・マンソン」は「マソソソ・マソソソ」に…って、<br />
なんだか<font size="4">ナイツのネタみたい</font>になってしまったが、<br />
とにかく、そういうことはきわめてしばしば起きる。<br />
<br />
ゲシュタルトとはもともと「全体としてのまとまり」という意味だから、<br />
言葉に限らず、たとえば人の顔とかにもゲシュタルトは存在するだろう。<br />
<br />
ずっと見ているとゲシュタルト崩壊を起こしやすいのは、<br />
たとえば<b>ともさかりえ</b>や<b>麻生太郎</b>の顔であって、<br />
彼らは顔のパーツが三々五々「流れ解散」しているような印象を受けるが、<br />
そして今、私はどさくさ紛れにひどいことを書いているのかもしれないが、<br />
マイケル･ジャクソンのように<font size="4">本気でゲシュタルトが危機</font>の人もいるので、<br />
あえてそちらには触れない。<br />
<br />
あるいはまた、大量脱退と新加入を繰り返して「モーニング娘。」<br />
としてのゲシュタルトが崩壊してしまったり、<br />
「関ジャニ∞」のようにそもそものゲシュタルトがはっきりしないグループもおり、<br />
また、度重なる路線変更によって芸風がゲシュタルト崩壊を起こしてしまった人、<br />
逮捕された音楽プロデューサーの元彼女や、落語家の元嫁のように、<br />
人格のゲシュタルトがヤワヤワになってしまった人など、<br />
芸能界はきわめてゲシュタルトが崩壊しやすい世界であるといえよう。<br />
<br />
他にも、ゲシュタルト崩壊を起こしやすいものはたくさんある。<br />
書店のビジネス書コーナーにおける<font size="4"><b>勝間和代の顔アップの表紙</b></font>とか。<br />
あと、<font size="5"><b>勝間和代</b></font>っていう名前そのものとか。<br />
<br />
そんな中で、今私がもっとも気がかりなのは、<br />
実は「イチロー」のゲシュタルトなのである。<br />
<br />
いつからか、イチローが試合の後にペラペラとしゃべりだすようになってから、<br />
「あれ、イチローってこんなこと言う人だったっけ？」<br />
「あれ、この人ってこんなに危なっかしいキャラだっけ？」<br />
「ていうか、<font size="4"><b>この人ってこんなに瞳孔開いてたっけ？</b></font>」<br />
と、どんどんゲシュタルトが崩壊してきてしまった気がする。<br />
<br />
特に、<font size="4"><b>韓国のことを悪しざまに言うとき</b></font>のゲシュタルトが、危ない。<br />
<br />
もちろん、先日のＷＢＣでの奇跡のような活躍に対しては、<br />
最大級の賛辞を贈りたい気持ちはあるものの、<br />
<font size="5">ほとんど何を言っているのかわからない</font>あのヒーローインタビューを見るたびに、<br />
やはり私の心には、イチローに対する言い知れぬ「心配」がよぎり、<br />
思わず聞きたくなってしまうのだ。<br />
<br />
「あなたのゲシュタルト、崩壊してませんか？」と。<br />
<br />
ま、かくいう私も、<font size=5>生き方のゲシュタルトはもはやグズグズ</font>ですけどね。]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>第08回　「永遠の予後不良」</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid8.html" />
		<id>http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid8.html</id>
		<issued>2009-03-23T18:00:00+09:00</issued>
		<modified>2009-03-23T09:00:00Z</modified>
		<summary>第08回　永遠の予後不良春です。春うららです。そういえば昔、ハルウララって馬がいたよね。レースに決して勝てない、その「弱さ」がかえって...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>デリカシーには貸しがある</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong>第08回　永遠の予後不良</strong><br />
<br />
春です。<br />
<br />
春うららです。<br />
<br />
そういえば昔、ハルウララって馬がいたよね。<br />
<br />
レースに決して勝てない、その「弱さ」がかえって注目を浴び、<br />
いわば<font size=4><b>「負ける」ことで人気的には逆に「輝く」</b></font>という<br />
オリジナルな勝ち方でのし上がった馬だったわけだが、<br />
<br />
今思えば、まだ「下流社会」という言葉が生まれるはるか以前、<br />
<font size=5>「敗者には敗者の輝き方がある」</font>ということを<br />
初めて教えてくれたのが彼だったのかも知れない。<br />
<br />
当時、ハルウララの人気を目の当たりにした私は、<br />
しみじみこう思ったものだ。<br />
<br />
<br />
<font size=5><b>羨ましい。</b></font><br />
<br />
<br />
そのときの私がハルウララを見つめる視線は、<br />
きっと女王様にいたぶられる奴隷を見つめる<br />
Ｍ男の眼差しと同じだったはずである。<br />
<br />
<br />
俺も、あんな風になりたい。<br />
<br />
そう思い、ターフを勢い余って疾走したら、足首を粉砕骨折。<br />
<br />
競馬の世界では、故障してもう競走馬として復帰できないことを「予後不良」と呼び、<br />
それは暗に安楽死させられることを言い含んでいるのだが、<br />
<br />
私の人生は、そうして骨折した後、ずっと安楽死されずに<br />
予後不良のまま生き続けているみたいなもんだ。<br />
<br />
<br />
<font size=4><b>ハマの大魔神　佐々木主浩</b></font><br />
<br />
とか、<br />
<br />
<font size=4><b>不発の核弾頭　爆笑問題</b></font><br />
<br />
とか、人の名前に付くアオリの代名詞にもいろいろあるが、<br />
<br />
<font size=5><b>永遠の予後不良　福田フクスケ</b></font><br />
<br />
…こんなにつらいキャッチコピーは他にないだろう。<br />
<br />
<br />
そう、終わらない予後不良はつらい。<br />
<br />
正しいタイミングで物事を終わらせるというのは、<br />
だから重要なことなのだよ、みなさん。<br />
<br />
<br />
たとえば、<b>紀香と陣内の離婚</b>が連日のように報道されているが、<br />
私にしてみればこれは、終わるべきものが然るべきときに<br />
終わりを迎えただけの話であって、<br />
<br />
「格差婚」というものに必要以上のロマンを感じていた人たちのがっかり感も、<br />
<br />
「そら見たことか」と必要以上にしたり顔であげつらう人たちの優越感も、<br />
<br />
私にはちーっとも理解ができないというか、おもしろみを感じない。<br />
<br />
<br />
この話は、お互い「芸人の妻」になる気概も、<br />
「女優の夫」になる心構えもなかった２人が、<br />
やっぱり<font size=4><b>「同じ夢を見ることはできなかった」</b></font>という、<br />
ただそれだけのシンプルな話であって、<br />
そこに「格差」も「美人女優」も「陣内の浮気」も、<br />
一切持ち出す必要はナッシングだと思う。<br />
<br />
<br />
2人がうまくいかなかったのは、<br />
体の相性でも性格の一致でも愛情の深さでもなく、<br />
「これがないと自分が自分でなくなっちゃう」という自我のベースが<br />
決定的に違う世界にある2人だったから、ただそれだけだ。<br />
人間同士が深い関係を切り結べるかどうかの決め手は、<br />
ほとんどそれしかないと言ってもいい。<br />
<br />
<br />
私は今でも覚えているが、<br />
2人の結婚報道に世間が湧き立っていた頃、<br />
バラエティ番組で陣内が紀香との結婚を茶化されるたびに、<br />
彼は芸人だから当然それを笑いで処理しようとするんだけど、<br />
彼ほど腕のある芸人が、素人目にもわかるくらい不自然に<br />
いつもいつも一瞬だけ<font size=4><b>「空気が淀む」</b></font>のな。<br />
<br />
明らかにそのときの陣内の表情には、何らかの<br />
戸惑いやためらい、躊躇、遠慮がよぎっており、<br />
そのとき私は、この2人が長く続かないことを確信したのだ。<br />
<br />
<br />
いわば2人は、始まったときからすでに予後不良だったわけで、<br />
それはもう<font size=5>安楽死させるのが人道的だろう</font>という話だ。<br />
可哀想だからっていたずらに生き延びさせて苦しませたり、<br />
屠殺して馬肉にして売ったりしちゃいかんと思うのだ。<br />
<br />
<br />
何かを終わらせることは罪じゃない。<br />
<br />
折れたからって負けではない。<br />
<br />
往年のハルウララのように、<font size=4><b>「負けて輝く」</b></font>術を誰もがそつなく身につける。<br />
<br />
そろそろ、現代人はそれくらい成熟したステージに到達すべきだと思う。<br />
<br />
<br />
ちなみに私は、第２回の連載であれだけ<br />
<b>「異性の前で動物をかわいがる」</b>ことのふしだらさを<br />
<b>「デリカシーがない」</b>と批判しておきながら、<br />
<br />
つい先日、デートのような流れであっさりと、<br />
それはもういけしゃあしゃあと<font size=4><b>猫カフェに行ってしまった</b></font>のだった。<br />
でもって、思うさま猫をかわいがってしまったのだった。<br />
<br />
だからってそれを、決して「屈した」とは思わないでほしいのである。<br />
<br />
あくまで<font size=4><b>前向きに折れた？</b></font><br />
<br />
<font size=5>ていうか、折れたらたまたま方向が「前」だった？</font><br />
<br />
そういう風に解釈してはくれないだろうか。<br />
そして、これを<b>「開き直り」</b>と呼びたければ呼べばいいじゃないか。<br />
<br />
<font size=5><b>ああ、いいじゃないか！</b></font>]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>第07回　「時には毒のない蝮のように」</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid7.html" />
		<id>http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid7.html</id>
		<issued>2009-03-10T18:00:00+09:00</issued>
		<modified>2009-03-10T09:00:00Z</modified>
		<summary>第07回　時には毒のない蝮のように落ちた。連載の話ではない。…って、いや、もちろん連載もじゅうぶん落ちているわけだが、それ以上に、もっ...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>デリカシーには貸しがある</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong>第07回　時には毒のない蝮のように</strong><br />
<br />
<font size="4"><br />
落ちた。<br />
<br />
連載の話ではない。<br />
…って、いや、もちろん連載もじゅうぶん落ちているわけだが、<br />
それ以上に、もっと人間として大事なものが、いろいろ落ちた気がして、深く反省している。<br />
<br />
その上、連載まで落としてはいよいよ人として<br />
だめだと思うので（だからもう落としてるんだけど）、<br />
今回は、時間がないことを表わすためにフォント大きめの<br />
エマージェンシーレイアウトでお届けしてもいいだろうか。<br />
だめって言われてもそうするんだけどさ。<br />
<br />
私は、午前10時とか11時とかに平気でタクシーに乗って会社へ行く社会のクズですが、<br />
そんなクズにとっても、車内を流れる『大沢悠里のゆうゆうワイド』は心のオアシスであって、<br />
特に毒蝮三太夫先生のコーナーには、いつも心洗われる思いになるのですね。<br />
<br />
彼の高齢者いじりのテクニックには、実に学ぶところが多いと思う私なのです。<br />
<br />
彼は、世間的には「毒舌キャラ」ということで通ってはいるが、<br />
実のところ、彼の言葉は「ババア」たちをちっとも傷つけないように配慮されている。<br />
本当に人を傷つける核心からはきちんと的をはずし続ける絶妙な采配を振るっており、<br />
それでいてトータルイメージとしての「毒舌」という印象を残すことには見事に成功しているのだ。<br />
「ババア、長生きしろよ！」は、昭和に誕生した日本最古の「ツンデレ」である。<br />
<br />
難しいことを言ったが、要するに、毒蝮の毒舌は絶妙に「当たり障りがない」のだ。<br />
途端に言い方がしょぼなくなってしまったきらいはあるものの、<br />
しかし諸君、当たり障りがないってことをばかにしてはいけない。<br />
<br />
当たり障りがないことを言えるのは、それだけで「うまく生きていく力」だと、私は思う。<br />
たとえば、お昼のワイドショーに出ている人は、おしなべて一様に「当たり障りのない才能」を持っている。<br />
大和田獏、大下容子、佐々木正洋……。<br />
今、たまたま全員『ワイドスクランブル』の出演者ばかりになってしまったが、<br />
彼らは揃いもそろって当たり障りがない。<br />
<br />
映画にコメントをするおすぎ、グルメレポートをする彦麻呂、あるいは、恵俊彰の存在そのもの。<br />
彼らもまた、「当たり障りがない」からといって責められることはないし、<br />
むしろその「当たり障りのなさ」のおかげで、決して食いっぱぐれない。<br />
<br />
泉谷しげるや井筒監督も、一見、頑固な怒りオヤジのキャラをかぶり、<br />
「毒舌」に見せかけてはいるが、「実は言ってることはそうでもない」という意味では<br />
やはり圧倒的に当たり障りがない人たちである。<br />
ただ、彼らの場合は、底の浅いキャラ付けのせいで、<br />
いざメッキが剥げたときのしょぼさが際立ってしまったのが失策であった。<br />
<br />
その点、やはり毒蝮師匠の毒舌は、<br />
正露丸が糖衣でくるまれているように「人情」でくるまれている。<br />
無理のない、持って生まれた自然体の「当たり障りのなさ」なのだ。<br />
これが、綾小路きみまろでは、こうはいかない。<br />
彼は基本的に「どや顔」で毒舌を吐く。<br />
そのどや顔が、人々の心を逆なで、<br />
引いては「ヅラも暴いてやろう」という気にさせるのである。<br />
<br />
何はともあれ、毒を吐くなら毒蝮のようにありたい。<br />
なんなら、毒蝮そのものになりたい。<br />
俺も、全国のマルエツやドラッグストアの店頭で、ジジイ、ババアに囲まれて和やかに談笑したい。<br />
<br />
なぜ、そんな心にもないことを思うのかといえば、<br />
今の私が、とても「当たり障りのある」状態にあるからで、<br />
口を開けば当たり障りのあることを言ってしまいそうで仕方がないのだ。<br />
必死で、何か関係のない、たとえば「加護ちゃんはそろそろハッスルに出て、インリン様の後を継げばいいのに…」とか楽しいことを考えて気を紛らわそうとするが、今こうしている間も綱渡りである。<br />
こんなとき、当たり障りのなくいられる人が、心底羨ましい。<br />
<br />
毒蝮だって、時には虫の居所が悪いときだってあろう。<br />
そんなとき、目の前のババアに「この腐れ干し柿め！落ち葉の下で朽ちろ！」とか言って当たり障りたくなるときもあるだろう。<br />
そんなとき、どうやって毒蝮は当たり障りなく、荒ぶる気持ちを抑えているのか。<br />
知りたい。切に知りたい。<br />
誰か、私に「当たり障り」の作法を教えてくれんだろうか。<br />
<br />
とにかくその日、どうにも行き場のない気分だった私は、十分に「当たり障りのある」人をうやむやに抱き締め、人生最初の「同意のないキス」を、その人にしてしまったのだった。<br />
<br />
落ちた。<br />
人として、落ちた。<br />
私にデリカシーを語る資格など、もうとっくにないのである。<br />
<br />
ババア、そしてこれからババアになりゆく未来のババア、<br />
みんなみんな、長生きしろよ！<br />
</font>]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>第06回　「不問に付されて仲間のように」</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid6.html" />
		<id>http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid6.html</id>
		<issued>2009-03-03T12:00:00+09:00</issued>
		<modified>2009-03-03T03:00:00Z</modified>
		<summary>第06回　不問に付されて仲間のようにいきなりだが、私は「不問に付す」という言葉が大好きだ。全体的にどことなく『ベニスに死す』を彷彿とさ...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>デリカシーには貸しがある</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong>第06回　不問に付されて仲間のように</strong><br />
<br />
いきなりだが、私は「不問に付す」という言葉が大好きだ。<br />
<br />
全体的にどことなく『ベニスに死す』を彷彿とさせる字面もかっこいいし、<br />
「ふもんに・ふす」と全体を「ふ」でコーディネートしたライムの踏み方は、<br />
「ガリレオ・ガリレイ」や「野比のび太」と通じるところがあってクールである。<br />
<br />
そして何より、「問題をあえて問いたださないこと」という意味が素敵だ。<br />
確かに問題はあるのに、それをあえて問題と見なさずに黙認する寛大さ、懐の深さ。<br />
私のような人間にとっては、とてもありがたい、“助かる”言葉である。<br />
<br />
「見えている」ものを“お気持ち”の力で無理繰り「見えていない」ことにして<br />
スルーする心の持ちようは、いかにも日本人的であるとも言えるが、<br />
見たくないことや聞きたくないことまで、思いがけず<br />
ホイホイ知ることができてしまうこのご時世にあって、<br />
ショッキングなできごとを受け止める際の「それでも強く生きるテクニック」として、<br />
「不問に付す」というのは、きわめて重要なデリカシーのあり方ではないだろうか。<br />
<br />
そして、「不問に付す」を語るにあたって、私が今とても気になっているのが、<br />
「仲間由紀恵という存在の不思議さ」なのである。<br />
<br />
仲間由紀恵という女優は、「不自然」だと思う。<br />
今さら言葉を濁すつもりもないが、これは「不自然」としか言いようがない。<br />
彼女の演技には、どこか浮世離れしているというか、地に足が着いていない違和感がある。<br />
少なくとも、現在の俳優に求められている演技の「うまさ」とか「リアリティ」とは違うところに、彼女の演技観の軸足は置かれている。<br />
<br />
しかし、彼女の難しいところは、それを単に「へた」と切って捨てることができない点だ。<br />
そこが長谷川京子や伊東美咲と違う点であって、仲間由紀恵のそれは、「うまい」でも「へた」でもなく、「不自然」としか言いようがないのである。<br />
テレビ業界も彼女の扱いを巡ってはうろたえたに違いなく、だからこそ彼女は<br />
『トリック』や『ごくせん』のようなトリッキーな世界観に当てはめることで、<br />
その「不自然」を相殺され、現にこれらの作品における彼女は、「はまり役」だった。<br />
<br />
いわば仲間由紀恵は、女優としての実力をまさに「不問に付される」ことで、<br />
かえってその立ち位置をうやむやにのぼり詰めてきたといってもよい。<br />
不問に付されて、輝く。<br />
そういうスターダムもあるのだということを、彼女は教えてくれたのである。<br />
<br />
そして、現在放送中の『ありふれた奇跡』という<br />
TVドラマでも、仲間由紀恵は見事に不問に付されている。<br />
そして、その「不問に付され方」は、シナリオ界の巨匠・山田太一の<br />
手腕によって、新たなステージに突入したといってよい。<br />
<br />
山田太一のドラマは、台詞回しが独特なことで知られ、<br />
それが一種ファンタジックな持ち味を醸し出しているわけだが、<br />
若い未熟な役者がへたに演じようものなら、それは「不自然」以外の<br />
何物でもなくなってしまうという大きなリスクを抱えている。<br />
<br />
ところが、仲間由紀恵においては、その持ち前の不自然さと、台詞回しの不自然さが、<br />
（不自然）×（不自然）＝（かえってあり）<br />
という奇跡の化学反応を起こしており、あろうことか<br />
「こういう人って、確かにいるかも」と思えるまでになっているのである。<br />
もちろんこれは、山田太一のほとんど完璧ともいえる人物造型や<br />
場面設定、台詞運びの巧みさのおかげだろうが、ここで私はハタと気付いたのな。<br />
<br />
ひょっとして仲間由紀恵は、演技が不自然なのではなく、<br />
もともとのパーソナリティの持ち方やコミュニケーションの取り方を、<br />
自分で統合しきれていない人なのではないかと思ったのだ。<br />
そう考えると、長谷川京子や伊東美咲なども、<br />
どこか自分の感情の解放の仕方がわかっていないような印象を受け、<br />
そして彼女たちは、きまって同じ傾向の美人である。<br />
おそらくはこの辺りに彼女たちのねじれた自我形成の秘密がありそうだが、今はそれを問うときではない。<br />
まじめに精神分析するほど、このコラムはちゃんとしてない。<br />
<br />
ともかく、山田太一は、そこまでまるっとお見通しで<br />
仲間由紀恵にこの役を「当て書き」したに違いなく、<br />
これはもうまさにプロフェッショナルの「不問に付し方」というか、<br />
ここまでくれば不問に付されるほうも、“不問に付され冥利”に尽きるってもんである。<br />
<br />
思えば、あらゆることを「不問に付す」ことで、世の中は成り立っている。<br />
中川昭一が本当に酩酊していたのかは、結局、不問に付されているし、<br />
谷亮子の妊娠が計画的なのか否かも、世間はたぶん不問に付すだろう。<br />
「草刈正雄がヅラなのかどうか」「森光子と東山紀之の仲がどうだったのか」などは、<br />
むしろぜひ率先して不問に付しておきたいところだ。<br />
不問に付すから、うまくいくこともある。<br />
<br />
隠したって、問題はある。<br />
それはもう、致し方なくそこに存在しており、隠したってしょうがないのだ。<br />
だから私は、人生とはそれをどこまで不問に付すのか、不問に付せるのか、<br />
そのデリカシーのギリギリの瀬戸際を、人とすりあわせていく作業であると思う。<br />
<br />
できれば私も、不問に付されて付されまくって、付され尽くした<br />
その波打ち際で、仲間由紀恵とジャブジャブ遊んでいたい。<br />
不問に付されて、仲間のように生きたい。<br />
<br />
だからもちろん、月曜日更新のこのコラムを落としたことだって、<br />
不問に付して欲しい気持ちでいっぱいなのだ。]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>第05回　「馬鹿になりたい！」</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid5.html" />
		<id>http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid5.html</id>
		<issued>2009-02-23T18:00:00+09:00</issued>
		<modified>2009-02-23T09:00:00Z</modified>
		<summary>第05回　馬鹿になりたい！馬鹿になれ！偉大なるアントニオ猪木先生はかつてそう言ったが、私は今、切実に馬鹿になって、何もかもがわからなく...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>デリカシーには貸しがある</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong>第05回　馬鹿になりたい！</strong><br />
<br />
馬鹿になれ！<br />
<br />
偉大なるアントニオ猪木先生はかつてそう言ったが、<br />
私は今、切実に馬鹿になって、何もかもが<br />
わからなくなってしまいたい気持ちでいっぱいだ。<br />
<br />
あのね。<br />
こう見えて、かつて「第2回ぴあコラム大賞」を獲ってるんです、俺は。<br />
で、天下の『Weeklyぴあ』に半年間、毎週コラムを連載してもいた。<br />
結局、その賞は私の次の年の第3回で何の告知もなく廃止され、<br />
それ以降、この経歴は特に俺に何の権威も影響力も及ぼさずに、<br />
この通り現在に至るわけだけど、あの頃は、確かにがんばっていた。<br />
がんばって、そして、おもしろかった。<br />
<br />
馬鹿になれ！<br />
猪木先生もそう思いながら読んでくださっていたのではないか。<br />
<br />
このコラムは、そんな私がほぼ5年ぶりに書く連載コラムであって、<br />
「まだ衰えちゃいないぜ」、もしくは<br />
「衰えているかもしれないけど魂は死んでないぜ」、あるいは<br />
「衰えているのでリハビリさせてください」という気持ちで毎回臨んでいる。<br />
もちろん「馬鹿になれ！」ともだ。<br />
少なくとも、「正しくくだらなくありたい」という思いは、折り目正しく常にシャキーンと持ち合わせているつもりだ。<br />
<br />
でもね。<br />
でもさ。<br />
いつもそういうストイックな気持ちでいられたら、とっくにプロになってるよ。<br />
「ぴあコラム大賞作家」と言われて、売れっ子になってございますよ。<br />
デザイナーズ・チェアに裸の美女をはべらせて、ワイングラス片手に膝にはチェシャ猫を抱えてますよ。<br />
腰にはトカちゃんクニちゃんベルトを巻いてますよ。巻いてませんよ。<br />
<br />
それが現状そうなっていないのは、<br />
俺が「ものわかりのいいプロ」になるくらいなら、<br />
「はみ出し者のアマチュア」でいたいと、<br />
心のどこかできっと思ってしまっているからだ。<br />
<br />
たとえば、このコラムは世にはびこるデリカシーについて書くコラムであって、<br />
プロならば、一度そう決めたからには、どんなときもしれっと<br />
デリカシーに対して一家言ある風情を演じなければいけないのだろう。<br />
<br />
しかし、今の私の正直な気分は、<br />
「でりかしいいいい？　なにそれええええええええええへへへへ（語尾が途中からグラデーションで薄ら笑いに変化）！」と、<br />
よだれを垂らしながら、鼻くそをほじった指で<br />
キーボードを叩きたい気持ちでいっぱいなのである。<br />
キーボードには、食べこぼしたカントリーマアムのカスがボロボロしているのである。<br />
それにアリがたかって行列を作っている。そのアリをアリクイがなめてる。<br />
そのアリクイを俺がなめてる。<br />
馬鹿になれ！<br />
…って、本当に馬鹿になってしまってはだめだが、<br />
つくづく、プロじゃない。<br />
<br />
それにみなさん、もしかするととっくにお気付きかもしれないが、<br />
今日のこの文章、完全にアルコール入ってます。<br />
正直、デリカシーをどうこう語れる精神状態ではちっともないのであります。<br />
それどころか、なけなしのデリカシーを後生大事に守って、<br />
そのせいで肝心なものが手に入らないくらいなら、<br />
いっそデリカシーなんか一切手放してしまえ！<br />
そして、馬鹿になれ！<br />
そういう気分で胸がいっぱいなのです。<br />
<br />
これを暴言と呼ぶものもいるだろう。<br />
でもほら、酒のせいにすればなかったことになるじゃない、日本人って。<br />
もちろん、G７みたいな大事な場所では、さすがにかばいきれずに大臣を辞任するハメになったりするわけだが、少なくともサラリーマンの接待くらいなら、「酒の席でやったことですので…」は、言い訳として通用する。<br />
「馬鹿になれ！」と、背中を押されて許される場所、それが宴席だ。<br />
<br />
しかし、アルコールが人の理性や建前をはぎとってしまうのだとすれば、<br />
むしろ酔っている状態の発言こそ「本当のこと」であり、<br />
人としての「うまみ」の部分ではないのかとも思う。<br />
シラフの状態と、酔った状態を別人格として分けてしまうのは、<br />
リバーシブルのジャンパーみたいで便利だが、あとで絶対つじつまが合わなくなる。<br />
解離させてしまうと、かえって危険があぶない。<br />
シラフの馬鹿も、酔った馬鹿も、本当は同じひとつの馬鹿なのだからして。<br />
私は不思議ちゃんみたいなことを言っているでしょうか。<br />
<br />
たまには、こうして酔って書きたいときもあるんだよ。<br />
酔わせてよ、書かせてよ、そして許してよ。<br />
そしてもちろん、馬鹿になれ！]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>第04回　「逆チョコレートを一茂に」</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid4.html" />
		<id>http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid4.html</id>
		<issued>2009-02-16T12:00:00+09:00</issued>
		<modified>2009-02-16T03:00:00Z</modified>
		<summary>第04回　逆チョコレートを一茂に逆チョコってなんだよ！時期はずれの遅いツッコミをさせていただいてもいいだろうか。これがプロなら、こんな...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>デリカシーには貸しがある</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong>第04回　逆チョコレートを一茂に</strong><br />
<br />
逆チョコってなんだよ！<br />
<br />
時期はずれの遅いツッコミをさせていただいてもいいだろうか。<br />
これがプロなら、こんなありふれたネタに、しかも今さらツッコミを入れることはツッコミとしてのプライドが許さないかもしれない。しかし、幸いなことに私はツッコミのアマチュアだ。<br />
<br />
それどころか、先日、道行く小学3年生くらいの男の子に、すれ違いざま「こんな大人になっちゃダメだぞ」とふざけて声をかけたところ、即座に「そりゃそうだ」と“ツッコミ返された”経験の持ち主でもある。小学生相手に、むしろ「ツッコマレ」としてのプロフェッショナルぶりすら発揮している私だ。<br />
だから、今さらのツッコミも気にせず主張しようと思う。<br />
<br />
逆チョコってなんだよ！<br />
<br />
確かにここ数年、バレンタインデーというイベントは末期症状だった。<br />
現在のバレンタインデーを「貴乃花」にたとえるなら、兄弟間の確執で騒がれ、みるみる激ヤセして正気を失っていた、ちょうどあの時期にあたると思う。<br />
<br />
特に、社会人になってから実感したけど、女性社員一同から男性社員に渡す義理チョコの風習な。<br />
あの、「土俵に入ったら塩をまく」のと同じくらいオートマティックに行なわれている儀式的習慣に漂う、「えへへ、どうぞチョコレートでも…」「あはは、いやあ悪いねどうも…」みたいな段取りの決められた気まずい時間、あれ、いらねえ。<br />
すごくいらねえ。<br />
力士が取り組み前ににらみ合っている時間くらい、いらねえ。<br />
<br />
そして、なんでたとえがいちいち相撲なんだ俺は。<br />
<br />
それだけでも、バレンタインデーを「お前、寒いんだよ」と切って捨てるには十分だと思うが、ここにきて「逆チョコ」ですよ。<br />
「商魂たくましい」というのは褒め言葉だと私は思っているが、ここまでくると「商魂しらじらしい」というか、八百長ならもう少しうまく演出してよ、という気持ちになるのである。<br />
「儲かりたい」という気持ちが丸出しになりすぎていて、相撲でいったら、最初から回しを締めていない……もういいか、これ。<br />
とにかく、あられもないと思うのだ。<br />
<br />
そりゃあ、最初に「逆チョコ」を思いついて女性に贈った男は、さぞかし粋だと思うが、コンビニの100円チョコまでが「逆チョコ」「逆チョコ」と言い出したら、それはたちまち「無粋」に早変わりする。<br />
<br />
そして、考えすぎかもしれないが、私には「逆チョコ」の「逆」が、「あえて」と言っているように聞こえて一層しゃらくさく思えるのだ。<br />
よくバラエティ番組とかで、あえて「やらせ」っぽくしたり、「わざと」であることを視聴者が了解した上でおもしろがる、という手法があるが、そんなとき「逆におもしろい」とか言ったりする、あの「逆」である。<br />
<br />
でもね、その「逆」はきわめて高度な笑いに下支えされた「逆」であって、そういうセンスと覚悟のない「あえて」は、ただの「開き直り」だと思うのだよ。<br />
<br />
「あえて男が女にチョコ贈っちゃえばいいじゃん、大々的に盛り上げるから、あえてその波に乗っちゃえばいいじゃん、チョコ売れるし！」というなし崩しの「逆チョコ」商戦の呼びかけは、肝心の粋なロマンティシズムが内部崩壊を起こした「開き直り」であり、もうバレンタインデーが自滅していく断末魔のうめき声、または最後っ屁にしか聞こえない。<br />
<br />
たとえば、誕生日の人が家族に“産んでくれてありがとう”とケーキを贈る「逆ケーキ」や、死者が夢枕に立ってあんこともち米を丸めてくれる「逆おはぎ」なんてものがあったら、それは「贈る者」と「贈られる者」の関係を踏み越えた無粋の極みだろう。<br />
同じように、万引きを捕まえようとしている万引きGメンを逆に万引きが捕まえる「逆万引きGメン」や、控え室で出動の準備をしているなまはげたちに、泣き叫ぶ子供たちが石つぶてで奇襲する「逆なまはげ」は意味がわからない。<br />
「逆半身浴」はただの風呂場での転倒事故だし、逆べトちゃんドクちゃ…いや、なんでもない。<br />
<br />
ね。逆にすればいいってもんじゃないでしょ。<br />
<br />
それに、「逆におもしろい」は、「つまらない」「サムい」と常に紙一重の運命を歩んでいる。<br />
「わかっていて、わざとやっているんですよー」ということを受け手にわからせるのは、実にデリケートなさじ加減を要求されるのである。<br />
そんな覚悟もなしに、「逆チョコ」なんて軽々しく言ってほしくないのだ、こっちは。<br />
<br />
…おもしろだって、つらいんだよ。<br />
<br />
そんなことを考えながら、さっきふとテレビをつけたら、オーストラリアの山火事を報じるニュースのあと、長嶋一茂が大まじめな顔で、「これを対岸の火事にしてほしくないですね…」って言ってて、思わずずっこけた。<br />
たぶん、本当に心の底から「この問題を他人事と考えちゃいけない！」と思って言ったんだろうな、一茂は。<br />
そこに、「偶然うまいこと言っちゃった」とか、「図らずも不謹慎なこと言っちゃった」という逡巡はなかったに違いない。<br />
「逆に」というデリケートな概念なんて、一茂には関係ないのだ。<br />
<br />
ホンモノは羨ましいね。<br />
という、今日はそういうお話でした。]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>第03回　「ピローな話で恐縮です」</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid3.html" />
		<id>http://www.otsuka-new-corpo.com/text/blog06/log/eid3.html</id>
		<issued>2009-02-09T18:00:00+09:00</issued>
		<modified>2009-02-09T09:00:00Z</modified>
		<summary>第03回　ピローな話で恐縮です世の男たちは、セックスの後のピロートークについて、どれくらい危機管理意識を持って臨んでいるのかと、私は問...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
		</author>
		<dc:subject>デリカシーには貸しがある</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong>第03回　ピローな話で恐縮です</strong><br />
<br />
世の男たちは、セックスの後のピロートークについて、どれくらい危機管理意識を持って臨んでいるのかと、私は問いたいのです。<br />
<br />
これまで、セックス自体の技術については、数々の人の手によって指南本が出されてきましたが、ピロートークで何を話せばいいのかについて指南してくれた本があったかといえば、答えは「否」です。<br />
フランス語で言うと「ノン」です。<br />
「喫茶店で2時間もたない男とは付き合うな」と言ったのは斉藤孝ですが、そんな彼が果たしてピロートークでは何分もつのか計った者はいません。そもそも、斉藤孝がセックスで何分もつのか計った者がいません。当たり前です。知りたかないです。<br />
<br />
しかし、そんなことでいいのでしょうか。<br />
<br />
…いや、全然いいんですけど、大いにいいんですけど、少なくとも自分のピロートークの中身について、男はもっと考えるべきではないでしょうか。<br />
たとえば私は、ビジネスシーンで取引先と毒にも薬にもならない世間話を、当たり障りなく引き伸ばし続けるのが、きわめて苦手な男であります。<br />
会話はウケてナンボ、おもしろいことが言えないのならいっそ黙っていたほうがマシと考える私のような人間にとって、天気とか野球とかクルマとか政局とか、おおむね私に関心のない話題ばかりがもてはやされる「男の世間話」の時間は、きわめてダイ・ハードなひとときです。<br />
「過激なこと」と「シュールなこと」と「えげつないこと」をしゃべるなと言われたら、もう何を話したらいいかわからんのです。<br />
米がないのにおにぎりを作れと言われているような、何も描かれていない屏風から虎を追い出してくださいと言われているような、そんな気持ちになって、少し泣きます。<br />
<br />
で、あるからして、ビジネストーク以上にムードと気分が重視されるピロートークの現場では、やはり細心のデリカシーを払うべきではないかと思うのです。<br />
まあ、数分前まで犬のようにサカっていたアニマルなふたりが、今さら何を恥じらったり気遣ってしゃべることがあるのか、という疑問もありましょう。<br />
そもそも、休憩2時間で入ったラブホテルからは急いでそそくさと出なければいけないという現実的問題もあります。<br />
しかし、アフターケアの大切さをあなどってはいけません。<br />
締めのお茶漬けが美味しかった店には、次回も行きたくならないでしょうか。<br />
<br />
ですから、することを済ませたからといって、<br />
「なぜ午前中に乗るタクシーのラジオはたいてい“大沢悠里のゆうゆうワイド”なのだろう」とか、<br />
「元木大輔の目つきの“悪そうさ”は、箭内道彦に酷似しているね」とか、<br />
そういうどうでもいいピロートークをするのは避けるべきでしょう。<br />
「アジャ･コングの本名は宍戸江利花って言うんだよ」などもってのほか。<br />
「空気の読めない物知り」と思ってもらえればまだいいほうですが、「この人は、私との最中にアジャ･コングのことを考えていたのかしら…」と思われたら彼女との関係もジ・エンドです。<br />
<br />
やはりここは、相手とのセックスがよかったことを、さりげなく気の利いた言い回しでそっと伝えてあげるべきでしょう。<br />
飛行機のパイロットならもちろん「乱気流みたいな激しいランデブーだったね」でしょうし、<br />
消防士なら「困った火種ちゃんだなあ、消防士を全焼させちまうなんて…」ですし、<br />
編集者なら「あ、また増刷がかかってるよ…印税がこんなに振り込まれてる…」、<br />
ウルトラマンの主演俳優なら「夜の怪獣とは、3分以上戦えるんだぜ」（これ、実際に言ってると思う、杉浦太陽とか）、です。<br />
<br />
もっとも、セックス直後の男性に気の利いたピロートークを望むのは酷な話です。<br />
射精を済ませたばかりの男という生きものは、身も心もおしなべて「瀬戸内寂聴」のような状態になっていることが知られています。<br />
菩薩100人に聞いた「いつ悟りを開きましたか？」のアンケートでも、実に3割の菩薩たちが「射精後30分以内に」と答えています。果てた直後の男たちが、いかに煩悩から解放されたガンダーラのような境地にいるかを物語っていると言えましょう。<br />
<br />
それは裏を返せばきわめて無防備な状態です。<br />
戦うキバもツメも失った男性は、車のシフトレバーにたとえれば「ギアがニュートラルの状態でぶらぶらになっている」ということであり、チーズちくわにたとえれば「賞味期限が切れてチーズが飛び出ている」ということであり、サンショウウオにたとえれば「陸に干上がって死んでいる」ということです。<br />
<br />
要するに、男のピロートークには期待しない。これが、セックス後に必要とされる女性側のデリカシーであると、つまりはそういうことを遠まわしに伝えたかっただけなんです今日は。]]></content>
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		<title>第02回　「なぜ人は異性の前で動物をかわいがるのか09'冬」</title>
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		<issued>2009-02-02T18:00:00+09:00</issued>
		<modified>2009-02-02T09:00:00Z</modified>
		<summary>第02回　なぜ人は異性の前で動物をかわいがるのか09'冬この前、会社を出て飯田橋の夜道を歩いていたのよ、俺は。会社までの道がわからなくなっ...</summary>
		<author>
			<name>福田フクスケ</name>
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		<dc:subject>デリカシーには貸しがある</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong><br />
第02回　なぜ人は異性の前で動物をかわいがるのか09'冬<br />
</strong><br />
<br />
この前、会社を出て飯田橋の夜道を歩いていたのよ、俺は。<br />
会社までの道がわからなくなってしまわないように、一定間隔で「たべっこどうぶつ」を落としながらの道中よ。<br />
したらね、居酒屋の店員が、オレンジ色の悪目立ちするスタッフパーカーを羽織り、「月曜半額！」の看板を掲げながら、頭にパンダのかぶり物をかぶって客の呼び込みをしていたのさ。<br />
<br />
パンダ関係ねえじゃん！<br />
<br />
…という、ツッコミというにはあまりにベタな「苦言」が、自然と心の内から湧き起こってしまったわけよ。<br />
これが、｢ドラえもんまつりでドラえもんの着ぐるみ」なら話はわかる。<br />
「クリスマスフェアでトナカイのコスプレ」もまあOKとしよう。<br />
だが、「読書週間にインド象のぬいぐるみ」はたぶんダメだし、「サラダ記念日に平野レミの等身大パネル」ではわけがわからない。それくらいの脈絡のなさだろう、パンダのかぶり物で「月曜半額」を主張するのは。<br />
パンダのかぶり物で主張していいのは、「尖閣諸島は誰のもの」とか「笹食べたーい」とか「Yonda？」とかだと相場が決まっている。<br />
<br />
さらにゆゆしきことは、そのかぶり物がパンダの頭部をすっぽりかぶる「フルフェイス型」ではなく、ご当地キューピーのように顔が丸出しになっている「なんちゃって型」だったことだ。<br />
顔の上に顔を乗せてしまうことの杜撰さ。について、人はもう少し慎重になったほうがいいのではないか。<br />
じゃあ、パンダのその部分はお前の何なんだ、と。人面瘡か、と。<br />
あのタイプのかぶり物を見るたび、いつもそう思う。<br />
劇団四季の『ライオンキング』の主人公・シンバも、最初見たときは「人が後頭部をばっくりライオンにやられている」のかと思った。<br />
<br />
しかも、あの居酒屋のパンダ店員の場合、問題はもっと別のところにある。<br />
「パンダになりきる」のではなく、「パンダの力で自分がかわいくなろうとしている」感じがして、すごく姑息なのだ。<br />
そう、動物は無垢でイタイケなイメージを持たれがちである故に、ときに人間の「自分アピール」に利用されるのである。<br />
<br />
たとえば、友達以上恋人未満みたいな2人が公園を歩いてるとするでしょ。もちろん、あとで迷わず帰れるように、道には「たべっこどうぶつ」を落としながらですよ。<br />
で、散歩連れの犬を見つけると、女は「あーかわいいー♪」とか言いながら駆け寄って、なんかもうこねくり回すように犬を抱いたりなでたりするじゃないですか。<br />
<br />
あれ、ぜーーーったい「私ってちゃんと母性あるオンナなのよ」みたいなアピールが言外に含まれていると思うよね。<br />
もっと言ってしまえば、そういう「動物とじゃれる姿」を見せ付けることで、セックスの際のベッドの上での娼婦性みたいなものも、遠回りにアピールしている気がしてならない。<br />
ほら、美容院で、アシスタントの子がシャンプーするときの手つきが妙に「なまめかしい」と、なんか変な気持ちになったりするじゃない。<br />
「わざわざ動物をかわいがってみせる女」に対して、どうもそれと同じものを感じるのである。<br />
<br />
で、問題は逆の場合よ。<br />
男が犬や猫を手なづける姿というのは、もっと直接的にフェロモンのあるなしや、セックスのスキルを想起させるじゃないすか。<br />
だから、男にとって「犬や猫が自分によくなつくかどうか」は、「お前オスとしてフェロモン出てるのかどうなのか」というジャッジを下されているような気がして、すごくプレッシャーを感じるのだ。<br />
犬よ、お願いだからこの女の前でだけは俺になついてくれと、そう思うときは確かにある。<br />
<br />
プレッシャーに感じない男がいたら、それはよっぽど男女間の水面下のセクシャル・ネゴシエーションに鈍感な男か、よっぽど動物から自然と好かれる「ハメルーンの笛吹き」みたいな男かの、どちらかだと言ってよい。<br />
考えすぎと言われようが、これはもう絶対にそうなのだ。<br />
<br />
動物のかわいさを隠れ蓑に、いわば動物の「かぶり物」をすることで人間としての「あられもなさ」を覆い隠すという意味では、先の居酒屋パンダ店員も、犬猫をかわいがるカップルも同じである。<br />
これはもう、絶対的に動物に対して失礼ですって。<br />
犬猫も犬猫だよ、人間のそんなはしたないアピールのために、自分の体を無防備に使わせていていいのか、と問いたいね俺は。<br />
「ハッハッハッ」とか「ゴロゴロ…」とか、はからずも｢発情｣を想起させるような反応をしてしまうのもよくない。相手の思うツボじゃないか。<br />
もっとこう、「つれない顔をしてみる」「やや哀れみを込めて笑う」「逆に、引くほどリアルに発情してみる」「いきなり死ぬ」などの方法で、人間に対して謀反を起こしてほしい。<br />
<br />
動物は、「ハッハッハッ」禁止！<br />
あと、人間は動物のかぶり物禁止！<br />
（ただし、「さかなクン」だけは例外として許可！）<br />
<br />
これが、私の考える人間と動物との共生のルールなのである。]]></content>
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