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デリカシーの機微が問われる現代社会のさまざまな局面に、ぼんやりと警鐘を鳴らす無神経なコラム。

アーカイブ: 2009/04/07

第10回 「やらかしません夏までは」

第10回 やらかしません夏までは

先日乗ったタクシーの運転手がやけに陽気な人で、
「小石川の桜並木も、今が見頃のピークですねぇ」などと
花見に関する他愛もない世間話を交わしていたのだが、

「昨日もベロベロになっちゃったお客さん乗せて大変でしたよ。
いやあ、不景気なんですから、浮かれちゃいけませんなあ

なんて言っていた彼が、降り際の私に
三千円のお釣りを手渡すとき、さも嬉しそうに

「はい、三万円ね」

と、今どき下町の商店街の八百屋でも言わない
シーラカンスのような生きた化石ギャグをぶっぱなしたので、
あの、なんていうか、ものすごくイラッとした

私も大人なので、「お前が一番浮かれてるよ」という
ツッコミをぐっと飲み込み、振り上げた拳をパーにして
おとなしく三千円を受け取ったが、

そんなわけで、春はうっとうしい。

人がやらかし、そして、しでかす季節。
よせばいいのに、しなくていいことをする季節。
それが、春だ。

さくら

うららかな陽射しは、人をおおらかな気分にさせ、
満開の桜は、人の気分をみだりに浮かれさせ、
さらに「外で酒を飲む」という締まりのない行為が、
普段ははずさないハメやタガを、ずるずるに緩ませていく。

一年中生殖できる代わりに、
決まった発情期というものを失った人間が、
やり場のないリビドーを発散するために、
いわば「つじつま合わせ」として考案したシステム、
それが花見ではないかとすら思う。

それでも発散しきれずにこじれたモヤモヤが、
夢精のように外に漏れ出てしまう例は、枚挙にいとまがない。

電車でたまたま隣りに座った人が、
ブツブツと異界の言葉をつぶやいている
パーセンテージが最も高いのも、春である。

そういえば先日、「丼・定食50円引きキャンペーン」のおかげで、
深夜にもかかわらず近所の吉野家が猛烈に混雑しており、
初老のバイト店員がキャパシティを超えてテンパっていたのだが、

それを見ていた調理場の若いバイトがしびれを切らして
「もうこっちはいいですから向こう行ってあげてください」
と初老男の肩を押しのけたところ、彼はみるみる機嫌を悪くして、
あからさまにヤケクソな態度で接客を始めたのでびっくりした。

挙句に、下げた食器をわざとガシャンと音を立てて置くので、
若いバイトからそれをたしなめられると、
「わかったからさあ、君もグイッって押したりすんの、やめてよ」
などと詰め寄り、ちょっとした一触即発の空気になってしまったのである。

そんなどさくさの中で供された牛丼がうまいわけもなく、
心なしか俺のだけ具の「盛り」が少ないような気もして、
あの、なんていうか、ものすごくイラッとした

これも、おっさんの失われた発情期が路頭に迷い、
男子中学生のニキビのように怒りとして噴き出した結果だろう。
いわば私は、おっさんの夢精に付き合わされたようなもんだ。
そう書いたら、途端に気持ち悪くなってきた。

春先に起こるこうしたトラブルが面倒くさいのは、
「発情」がそもそもポジティブなエネルギーだからだと思う。

つらいしんどい辞めたい死にたい、
そういうネガティブなモチベーションがやらかすことよりも、

ハッピー嬉しい楽しい大好き!みたいな、
そういうポジティブな心意気がこじれてやらかしたことのほうが、
事の「やらかし度」はより濃密でうっとうしいのではないか。

それはたとえば、喪中ハガキよりも、
子供の写真入りのアットホームな年賀状のほうが、
ときに人を傷付け、イラッとさせるのに似ている。
いや、似てないか。


結婚という「いいこと」を報告した水嶋ヒロの会見は、まるで自分が
ドラマの主人公であるかのように妙に芝居がかっていてイラッとしたし、
WBC優勝という「いいこと」があったイチローは、明らかに「イタイ子」だった(しつこい)。

冒頭のタクシー運転手が、「はい、三万円ね」と、
神話レベルの紀元前ギャグをぶちかましてしまったのも、
娘に子供が生まれたとか、美人のパンチラが見れたとか、
卵を割ったら黄身が2つ入ってたとか、
夢だけど夢じゃなかったとか、
何かいいことがあったに違いないのだ。

ここから得られる教訓は次の2つだ。

浮かれているときこそ、傍から見て滑稽なことになっていないか注意し、
気を引き締めてやらかさないようにしようということ。

そして逆に、やらかしている人を見ても、
「ああ、きっと何かいいことがあったんだな」と思い、
むやみに腹を立てずに広い心で受け止めようということ。

ちなみに私が最近、一番イラッときたのは、
ヤマト運輸の集配のワゴンに「シャア専用」と書かれた
赤い箱が積んであったことだ。

シャア_01

シャア_02

たぶん、彼もさぞかしいいことがあって
(佐川急便の女子社員と付き合いはじめたとか)、
それでただ浮かれてしまっただけなんだ。
きっとそうだ、うんうん。
と思い、私は溜飲を下げることにしたのだった。
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