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アーカイブ: 2009/03/25
さるかに合戦+法廷が舞台の小説 第一話
- 2009.03.25 Wednesday
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世の中というものはどこまでも醜い。
だが人一倍正義感の強かった私が、裁判官と言う仕事を選んだのはその醜い世界にも「やり直し」が有効なのだという信念があったからに他ならない。
あった。
そう。
確かにあったのだ、あのときまでは。
事の始まりは、法廷に現れた原告が人間ではなく親猿(とみこ)で、ビッチョビチョに泣き濡れていたあの日まで遡る。
とみこが説明した事件の全貌はこうだ。
とみこの一人息子である子猿(ゆめたろう)は、近所でも有名なやんちゃ坊主で、その日もやんちゃにやいのやいのと野外で遊び呆けていた。
そこに現れたのが、蟹(カニ江)だ。
カニ江はなぜだかおにぎりを持っていて、遊び相手が欲しかったゆめたろうは何とか理由をつけてカニ江に話しかけようとし、その辺に落ちていた柿の種を拾って、「交換しようぜ」と持ちかけた。
カニ江は拒否した。
おにぎりと柿の種の交換が割に合わなかったからではない。
ゆめたろうの風体が気持ち悪かったからである。
トータルで14点だ、とカニ江は思った。
禿げあがった頭頂部は勿論、全身の毛がまばらであることやぎょろりとした目が何を考えているのか分からない、というのもかなりその採点には影響していた。
ああやっぱり2点だ、とカニ江は採点をし直した。
日増しに点が下がっていくような、そういう気持ち悪さがゆめたろうにはあった。
が、結局、交換には応じることになった。
気持ち悪すぎて、もはや言葉のやり取りをすること自体に嫌気が差してきたからである。
おにぎりを失ったカニ江は、あんな野郎の手垢がついた柿の種を手元に置いておくのは嫌だったので、すぐにそれを埋めやった。
そしたら育っちゃった。
育っちゃったものは仕方ないので、収穫に踏み切ろうとも思ったが、いかんせんカニ江は蟹だった。
蟹であることをこんなにもおぞましいと思ったことはなかった。
カニ江がたわわに実った実をただ見上げるだけの、つまらない毎日を送っていたある日、ゆめたろうが再びやってきた。
ゆめたろうは猿だ。
猿は木登りだ。
そしてゆめたろうはさっさか木を登り、柿の実をがしっと、その手で器用に採って見せた。
だけどゆめたろうは素直になれない。
一人っ子だったからですか、母子家庭だったからなのですかと、とみこは泣き叫ぶ。
理由はどうあれ、ゆめたろうの口から出てくる言葉は意地悪なものばかりだ。
そして一つ目の事件は起こった。
得意なはずの木登りも、初めて友達が出来るかもしれないと気持ちが浮ついていては、し損じる。
足をトゥルリと滑らせたゆめたろうは、地面に落ちそうになるつかの間になんとか体を翻し両腕をとっさに枝に引っ掛け、運良く転落は避けた。
だがその際の強い振動によって、柿の実(それも全く熟していない)が落ち、カニ江に強かに当たった。
当りどころも悪ければ、そのタイミングも最悪だった。
カニ江は臨月だった。
そして柿の実が当たったショックで生まれたのが子蟹(カニ兵衛)である。
そしてカニ兵衛は現場の状況を後から聞き、激怒した。
状況証拠からゆめたろうが犯人であることは容易に想像ができた。
そしてかの復讐劇が巻き起こったのである。
とみこは言った。
「ゆめたろうが何をしたって言うんですか。あの子は何にも悪くありません、なんとしてもゆめたろうをあんな風にした本当の犯人を捕まえてください」
それがとみこの強い願いだった。
私はそれを静かに聞き、獣臭や生臭さ、普通にうんこの匂いとかもするこの法廷で、自分なりの正義を貫く決断をした。
こうして、私の長い一日が始まったのである。
続く
だが人一倍正義感の強かった私が、裁判官と言う仕事を選んだのはその醜い世界にも「やり直し」が有効なのだという信念があったからに他ならない。
あった。
そう。
確かにあったのだ、あのときまでは。
事の始まりは、法廷に現れた原告が人間ではなく親猿(とみこ)で、ビッチョビチョに泣き濡れていたあの日まで遡る。
とみこが説明した事件の全貌はこうだ。
とみこの一人息子である子猿(ゆめたろう)は、近所でも有名なやんちゃ坊主で、その日もやんちゃにやいのやいのと野外で遊び呆けていた。
そこに現れたのが、蟹(カニ江)だ。
カニ江はなぜだかおにぎりを持っていて、遊び相手が欲しかったゆめたろうは何とか理由をつけてカニ江に話しかけようとし、その辺に落ちていた柿の種を拾って、「交換しようぜ」と持ちかけた。
カニ江は拒否した。
おにぎりと柿の種の交換が割に合わなかったからではない。
ゆめたろうの風体が気持ち悪かったからである。
トータルで14点だ、とカニ江は思った。
禿げあがった頭頂部は勿論、全身の毛がまばらであることやぎょろりとした目が何を考えているのか分からない、というのもかなりその採点には影響していた。
ああやっぱり2点だ、とカニ江は採点をし直した。
日増しに点が下がっていくような、そういう気持ち悪さがゆめたろうにはあった。
が、結局、交換には応じることになった。
気持ち悪すぎて、もはや言葉のやり取りをすること自体に嫌気が差してきたからである。
おにぎりを失ったカニ江は、あんな野郎の手垢がついた柿の種を手元に置いておくのは嫌だったので、すぐにそれを埋めやった。
そしたら育っちゃった。
育っちゃったものは仕方ないので、収穫に踏み切ろうとも思ったが、いかんせんカニ江は蟹だった。
蟹であることをこんなにもおぞましいと思ったことはなかった。
カニ江がたわわに実った実をただ見上げるだけの、つまらない毎日を送っていたある日、ゆめたろうが再びやってきた。
ゆめたろうは猿だ。
猿は木登りだ。
そしてゆめたろうはさっさか木を登り、柿の実をがしっと、その手で器用に採って見せた。
だけどゆめたろうは素直になれない。
一人っ子だったからですか、母子家庭だったからなのですかと、とみこは泣き叫ぶ。
理由はどうあれ、ゆめたろうの口から出てくる言葉は意地悪なものばかりだ。
そして一つ目の事件は起こった。
得意なはずの木登りも、初めて友達が出来るかもしれないと気持ちが浮ついていては、し損じる。
足をトゥルリと滑らせたゆめたろうは、地面に落ちそうになるつかの間になんとか体を翻し両腕をとっさに枝に引っ掛け、運良く転落は避けた。
だがその際の強い振動によって、柿の実(それも全く熟していない)が落ち、カニ江に強かに当たった。
当りどころも悪ければ、そのタイミングも最悪だった。
カニ江は臨月だった。
そして柿の実が当たったショックで生まれたのが子蟹(カニ兵衛)である。
そしてカニ兵衛は現場の状況を後から聞き、激怒した。
状況証拠からゆめたろうが犯人であることは容易に想像ができた。
そしてかの復讐劇が巻き起こったのである。
とみこは言った。
「ゆめたろうが何をしたって言うんですか。あの子は何にも悪くありません、なんとしてもゆめたろうをあんな風にした本当の犯人を捕まえてください」
それがとみこの強い願いだった。
私はそれを静かに聞き、獣臭や生臭さ、普通にうんこの匂いとかもするこの法廷で、自分なりの正義を貫く決断をした。
こうして、私の長い一日が始まったのである。
続く
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